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ローリン・ダイニング!!

Rowlin’Dining! すべての作品は、新作の材料だ!
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 未完の師弟、或いは 9

「例えば、ここに2つのケーキがあったとします。そこへ、お腹をすかせたチミとお姉ちゃんが帰ってくると、どうなるかね?」
「2つとも、わたしがもらいます」
「もっとも一般的な分け方はわかるよね……?」
「はい。でも、センセイがわたしのことを知らないんです」
          ◇◇◇
 結論から述べると、10月の模試を休んだシノリナの11月の模試は、算数の偏差値が15も伸びたのである。
偏差値42だったものが、57になった。
 10月の模試の時点で、小6単元(或いは中学受験単元)をすべて終えていたわけではない。むしろ、中学受験独特の文章題などはまったく手を付けていなかった。
 この時点で、国語と算数は、ほぼ完成と言える状態になっていた。理科と社会――とりわけ理科が問題となっていた。
 理科や社会は通常の授業で取っていないため(個別指導教室で、理科社会も授業をとれる家庭は多くない)、普段から基礎レヴェルの演習プリントを用意して、定期的に配っていたが、もちろん、小中学生の自力任せの勉強の結果は大概アテにならない。
            ◇
 11月の或る日、出勤してくると、現場監督が顔を合わせて開口一番で、「志望校に現実味が出てきた」と興奮気味に声を掛けてきた記憶がある。そんな大勝利の興奮がまだ冷めぬ12月第1週目に、最後の模試が催された。
 結果は、算数の偏差値が55。
 理科の偏差値が、59となっていた。
 なんと、理科の偏差値は18も伸びていた。
            ◇
 1年間の平均の偏差値は、54(4科計)となった。尚、12月模試の各科目の偏差値は、
 国語が67。算数が55。
 社会が54。理科が59。
 4科で偏差値60となったのである。4月で52、5月で53、9月で49、11月で55となり、12月で60である。これほどまで顕著な成績の上昇は、この場末の教室では始まって以来と言えるかもしれなかった。
            ◇
 ところで、シノリナは、あまり志望校について、考えていなかった。
 わたしは授業の度に、将来について考える方法や具体的な例を語ることが多く、それで結果として授業時間を潰すこともあったのだが、わたしについてくるような子供は、大概、こうした話を熱心に聴く傾向があった。
 シノリナは、どこから吹き込まれて来るのか8月頃から具体的な学校名を口走るようになっていた。ただ、1か月ごとに志望予定の学校名が変わるので、笑って聞いていたが、11月頃から飛び出してきた学校名に、さすがに度肝を抜かされた。
 今流行りの、公立中高一貫校の名前が出てきたのである。
            ◇
 11月の模試の後に、こんな話をした。
「カマキリは、確実に食べられる獲物だけを捕まえる。志望校も同じで、『合格して当然』の学校を受験すること。合格を運に任せるようなことになってはいけない」
 シノリナの4科偏差値は11月の時点で、55だった。
 第1志望校の候補となる学校の偏差値は、60弱である。
 12月の模試でこれに届かないようなら、志望校を諦めて1ランク下げるように言い渡していたのである。
 公立中高一貫校(これは県立の中等教育学校)はともかく、第1志望は国立の学校を選択しつつあった。これは国立大学の教育学部附属の学校2つで、Y校とK校である。Y校は偏差値58、K校は偏差値48である。
 模試の偏差値58キッカリなら諦めてもらうつもりであり、模試が返ってくる頃には、志望校を諦めてもらうための言葉を考えながら出勤していたものだった。偏差値58を上回るなど、容易なことではないからだ。
 それから先は、言うまでもない。
 偏差値60というラインは、微妙としかいいようが無く、よって、困ってしまった。
 志望校を諦めるように説得するわけにはいかないものの、「よし、合格できる!」と太鼓判を押すにも難しかったのだ。
 シノリナがにこにこと笑っている手前で、担当の方は渋面をつくるといった、シュールな有様となってしまったわけである。
          ◇◇◇
 ユダヤの教えに、こんな言葉があります。
「なぜ、学校に行くのか」
「はい、勉強をするためです」
「では、図書館に行ったらよかろう」
「そうならば、学校へ行く理由は何となるのですか」
「いい先生という、生きた手本に出会うためだ」
 「先生」という言葉は、「先に生きるもの」という字面をしています。ですから、わたしは教員という言葉と分けて遣っています。中学受験の小学生にしましても、私立一貫校の中高生にしましても、「テストの予定された勉強」はできるけれども、人として味わいのある者はあまり多くない気がします。これは仕事でもよく感じることです。大学生の講師が非常に多いのですが、彼らは「学校のお勉強」はよくできるものの、一緒に仕事をしていると、肚の立つことが少なくありません。コピー機の目の前でのやりとり1つでさえ、人間性が見えるもの。
 「利口」は、頭が利くのではありません。舌の扱いが巧いということです。彼らは「利口」ですらない場合が少なくない。
            ◇
 シノリナの口にした、公立中高一貫校。競争率は10倍にも跳ね上がる、恐るべき受験校です。160人しか募集しないのに、1600人も受験してきます。近頃は7倍程度の競争率となっていますが、これは生半可なものの偶然は皆無であるということの認知度が広まったに過ぎず、真の実力者ばかりが受験するようになったということです。
 わたしはかねてから、将来について考える材料を差し上げてきたため、これを諦めてもらうように説得することは難しくなかったわけです。
 実は、理科の偏差値が大幅に伸びたのは、最後の模試で出る問題を予想して、土日に呼び出して一緒に勉強したところ、それが大当たりだったのです。また、その時に自動的に配っていたプリントも、試験内容キッチリに出てきました。理科は、「生物」、「化学」、「物理」、「地学」と4つの分野があり、物理分野以外の出題への予想がクリーンヒットしてしまった。
 ですから、偏差値60といっても偶然性が強く、あまりアテにしていなかったのです。
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