FC2ブログ

ローリン・ダイニング!!

Rowlin’Dining! すべての作品は、新作の材料だ!
2018/10≪  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30  ≫ 2018/12

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

 未完の師弟、或いは 7

 さて、シノリナである。
 問われていることを解らなかった設問が、あった。わたしが問題文に目を通して、解りやすく言い換えて問うと、当然のように正解したわけである。
 他に、訊かれていることと回答が合致していないものが、見受けられた。
 そこで、或る仮説が浮上してきた。
 この子は、問題文を、読んでいないのではないか。
          ◇◇◇
 あらゆる方面に可能性を持っている者とは、悪い場合、一生を器用貧乏として棒に振るってしまうことがあるということだ。かのマエストロも晩年に、
「俺の一生はなんだったのだろう」
と悩んでいたと伝えられている。
          ◇◇◇
 なぜ、偏差値の暴落が起きたか。
 問いをわたしが訊くと、彼女は正解することができる。考えることができるのである。解らないどころか、正解可能性のある問題は少なくなかったにも関わらず、である。
 そこで、思い至った。
 ――わたしは彼女にとって、翻訳機のようなものになっているのではないか。この子は問題文を読んでいないのではないか。
 テストの紙面で、テキストでの演習経験にある問題文を検索するカタチで、設問にあたっていて、実は問題文の全部をちゃんと読解していないのではないか、ということだ。例えば、
            ◇
 (問題例)
 50円の切手と80円の切手を併せて65枚買い、ちょうど4000円でした。
 買う切手の枚数の組み合わせは、何通りでしょうか。
            ◇
 この場合、前半は中学受験のテキストにもよくある「鶴亀算」である。しかし、後半は、「場合の数」という単元である。このように、問題文の定型句を部分的に捉え、自分の演習経験から類似のパターンを検索し、そのときの解法を当てはめるカタチで、問題を解いているのではないか、と思えてきたわけである。「問題文の文章全部を読解していない」ということはこういうことである。全部を読まなくても、定型句部分と数字を拾って、記憶した解法の式に当てはめているに過ぎないのだ。
          ◇◇◇
 まだ生きています。不思議なコトに。
 日曜日に、ナントカ更新できたらな、と思います。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


トラックバック

トラックバックURLはこちら
→ http://ddcafe080806.blog105.fc2.com/tb.php/1270-03f9895a
FC2ブログユーザー用
この記事にトラックバックする。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。