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ローリン・ダイニング!!

Rowlin’Dining! すべての作品は、新作の材料だ!
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 ずっとあなたが・・・ 10

 歌い出してみたり、塗りつぶしたような目になってみたり、どうしようもない状態は、もはや直しようが無かった。ともかく、第一志望校となる私立中学校の偏差値は64で、これは低いとはとても言えない。だが、試験問題を見ても、彼が解けないことは無いような難易度だし、模試偏差値的にも充分合格可能圏ではあったから、出来る限り今の実力のマイナスにならないようにすることが、仕事だったと言える。
 実際、過去問題の書籍を買ってもらったものの、授業に毎回持ってこないばかりか、持ってきても、キチンとやらない。結局、4科目を最近の1年度分もやれなかった。
 算数で2年度分(各2次試験までの計4回分)を扱うのがやっとだった。
 授業はちょっと動けば「つかれたつかれた」といって動かなくなるし、元気があれば雑談ばかりする。問題を解くように促しても、やる気が無いから、結局わたしが解いているだけに終わってしまった。怒ったところで、姿勢は直ってもちゃんと解ろうとしない。
 そんな日々が続く中で、特筆すべき事件は起こる。
            ◇
 彼が自習に来ている時に、電話が鳴り、現場監督が出たときだった。
「ママが電話してきた!!」
 突然彼が喚き出した。尋常でない彼の様子に、事務の方が慌てて駆け付けて背中を撫でたり宥めてみたりしていた。しかし、まったく効果が無かった。悲鳴を上げて泣き出し、そのままスッパスッパと水中でもないのに、おぼれたようにもがき始めた。
 そのときわたしは少し離れたところにいたのだが、妙な感じがして授業を一旦停止させ、彼の座る席へ向かった。
 彼は過呼吸状態に、陥っていた。空気を吸い込むのだが、吐き出していない。顔を真っ赤にしてバタバタしていた。事務の方が救急車を呼ぼうとしていた。
 その当時のわたしは、そんなにヤバい状態であることもパッと見て解らなかったから、狂態の彼に「落ち着きなさい」と言っただけだった。
「ママが電話をかけてきた!」
「よく聞きなさいな。(現場監督)は『高校受験がどうの』って言っているじゃない。キミのおうちは高校受験とは無関係でしょ。何をそんなに動揺しているの」
 誰かが話している声を、わたしは授業をやっていようが、必ず聴いている。もちろん、聞こえる範囲に限られるが、自分とは直接無関係の話も常に聴いて情報を集める。電通の鬼十則に「頭は常に全回転。八方に気を配って一分の隙もあってはならぬ。サーヴィスとはそのようなものだ」とある。現場で流れる会話は必ず無関係ではない。仕事人なら、どんなに小さな話し声も、必ず聞こえているべきであると思う。
 閑話休題。そんなわけで、現場監督が電話に出ても、その話し声も聞いているし、調子が良いと、電話口の相手の声すら聞こえることがあるくらいだから、その電話が彼の親御さんでないことも、彼が狂乱状態になるよりも早くに把握していたのである。
 わたしがそうやって声をかけると、なぜか彼は落ち着いた。事務の方が目を見開いていた。離れているものの、彼は現場監督の電話に喋る声を聞くと、電話の相手が自分の母親でないことも段々解ってきたらしく、泣き止むのも早かった。
            ◇
 過呼吸状態になって、呼吸困難に陥った。そんなこんなで1月がナントカ終わり、2月1日より入学試験が始まる。
 1日午前、1日午後、2日午前、2日午後と、計4、5回試験があった。
 1日の2回の結果は、不合格。
 時は、2月2日――。
 受験の応援を始め、講師や現場監督のいない教室は事務だけが留守番をしていたところ、彼の母親が現れた。見る者に不吉な気配を感じさせるようなただならぬ形相で、
「(現場監督)に話があります」
と言い残して、去っていった。誰もがクレームを警戒したが、一家の司令塔だけに、今後の対策を相談しに来たのだそう。他の私立校の受験を考慮するべきか。
 その後、2日午前の試験は芳しくない手ごたえらしかったものの、合格を勝ち得た。
            ◇
 彼は3月いっぱいで、退会する。
 6年もの付き合いがあったのだけに、思い入れが無いとはいえない。呼吸が合うこともあったし、何かが通じ合うときもあった。しかしながら、ラストの1年間を通して身についた彼のスタンスには、先行きの不穏さを感じざるを得ない。それでナントカならないか話しかけるも、もう通じ合うものが無くなってしまったように見える態度に、心が傷む。
 それでも。その実力は健在で、2桁の数字が10個並んでいるような長い式の計算問題もまったく苦にしない様子は、やはり中3生などとは別次元の頼もしさがある。
 好きなものがあると、それを優先して他のものなどそっちのけで没頭してしまうワガママさと集中力。執着したものには、自分が1番でないと気が済まないセンス――。
 結局、何1つも問題は解決しないまま、卒業を迎えてしまった感が強くて、微妙な気分であるものの、どこかホッとするものもあるから、我がことながら複雑な心境である。
 シコリのようなものが残るが、それと共に、彼の記憶は残っている。
 いつか、自らの弱点を克服して、再び会いに来てもらいたいと願うばかりの今日この頃である。
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