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ローリン・ダイニング!!

Rowlin’Dining! すべての作品は、新作の材料だ!
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 ずっとあなたが・・・ 8

 「見限った」といっても、授業を受け持たないとか、現実的な対応としては何も変えていない。授業はやるし、自習中の様子も見るし、雑談にも付き合う。ただ、母親が決めた第1志望校――この県でもっとも有名なマンモス私立校――には、このまま適当に行ってしまっても受かるであろうという見込みはあった。
 彼の好きなようにやらせて、わたしは見守るだけ、という役割にする。どうも、彼に対して、わたしは口うるさく叱るべきではない気がしたからだ。やんわりと忠告はしても、くどくど言ってはいけない。わたしが怒っても、逆効果になるだけだと思ったわけである。
            ◇
 いや、正確には、彼がこんなどうしようもない輩になり下がってから、怒る機会はあって、怒ってみたのだ。
 勉強をしないことが理由ではない。大人に挨拶の言葉をかけられて、普通に無視して通り過ぎるような中学受験生になっていったからだ。塾に来て、事務の方や現場監督が「いらっしゃいませ」に代わる「こんにちはー!」という挨拶に対して、そのまま無反応な様子が、我慢ならなかった。
 普段から礼儀作法は結構説いてきたのだが、機嫌が悪ければ「ぼくは機嫌が最悪なんだ!」と言わんばかりに不貞腐れた顔をして、挨拶を返さない。尚、説法めいた話はよくやるし、わたしに懐く子供はこうした話を好んで聴く。「なるほど」と思って目を輝かせる。彼もそうした子供の1人だった。親に注意されない「品位」についての話や「相手にどう見せるか」の話などで、悪い例をさりげなく語っていたのだが、それは紛れも無い、彼自身の悪癖だったのだ。読解力が半端でない彼のことだ、解っているに違いないし、自分のことを注意されていることに気が付かなくても、「それは善くない」と感想を口にしていた。言われたら、その言葉が「聞こえている」ではなく、ちゃんと理解できるだけの能力値も充分にある。「その場でその行動を改める」ということが出来るような切れ者ではあったのだ。少なくとも、今までのわたしについてきた子供たちは、みんな解っていたし、キチンとした姿勢や態度をとることができていた。それも猫を被るカタチではなかった。彼は、彼らよりも勉強面での能力値はずーっと高い。難しい道徳の話をしても、自分の言葉で言い換えて要点を喋るくらいの理解力があるのだから、納得して実践できるものだと思っていた。
            ◇
 だが、こればかりは見込み違いだった。お行儀の悪さについて、彼はそれが「わかっていてやっている」というわけではなかったのだ。
 「そのアクションがよろしくないことを理解した上で敢えてやる」というのは、例えば、教え子その④――県下最高の公立高校に合格した――やその②なんかは、すべて解った上で、イタズラをする。「規則を解っているから原則として守るけれども、オモシロイかもしれない機会が巡ってくると、そのときだけ敢えてルール違反をやってのける」、ちょうどハリー・ポッターみたいなセンスであった。そして、それが解っているから、わたしも敢えて見ていないフリをする。その上でオドケた会話を交わすことも少なくなかった。ちなみに他は、「それがルール違反だからやらない」という常識人な子たちである。
            ◇
 挨拶を無視する。
 授業には手ぶらでくる(なぜか少なめにゴミが入った鞄は持ってくる)。
 授業中にちょっと疲れれば、そのまま休む。
 こうした態度がある度に「何やってるんだ!」とばっちり叱れなかったのは、当時の現場監督が「成績がよろしければ何やってもイイ」という姿勢で、事実、当時在籍していた慶応高校の学生2人に対して「PCで動画を見ていてもキミたちなら俺は怒らない」と本人たちに豪語してしまうくらい。ワルイコトしたければ、良い成績をとってこいと言わんばかりの言動だったのだ。
 以前の記事にも書いたかもしれない。常日頃からモラルや品性について、子供に説いているわたしが見て、当時の現場監督は、その欠片も感じなかった。だから、わたしの説法は現場監督にとってはイヤミに聞こえたに違いないし、実際、気に入った学生講師とそうでない講師の扱い方の不平等は顕著だった。現場監督は自分と気の合う中学生には成績が上がればご褒美をポケットマネーで買い与えるなどもしており、公正とはいえない輩だったから、わたしが彼(=本件の中学受験生)を含めて、悪い態度をとる子供たちを注意したり叱ったりしていても同調することはまったく無いし、自分はそうしたマナーについて、キチンとその都度子供に注意することをしないのだから、弾圧と迫害をもらっているわたしの立場からすれば、余計な軋轢は避けるようになる。
            ◇
 ゆえに、そうした行動(授業なのに何も持ってこない、挨拶をしないなど)が悪いことは彼にやんわりと指摘するにとどまっていたのであった。毎回「はい」といっていたが、それが「解っているが敢えて守らない」というような、単なる甘えではなかったのだ。善くないことについて、完全に焼き付いていないだけだったのだ。そうした行動は彼にとって日常であり、「テキストも筆記具も持ってこないことが、ダメなことだ」という意識が絶対的に欠けていたのだ。
 学校には、持っていく。だから、テキストも筆記具も持ってこないことが「善いとは言えないこと」くらいの認識はあるのだ。それと関連して、説いて聴かせて3回連続忘れてきて、わたしは遂に怒ることになった。
 正確には、「筆記具を忘れて、事務に借りに行ったものの、貸してもらって何のリアクションも無く、しかも借りたものを使いっ放しにする」という行動が3度連続であったから、穏やかに説いて聴かせても解っていないことが解り、「今の行動は、あなたの現状に於いて、正しい行動か?」と怒り音を立てたわけである。
            ◇
 すると、それから1週間くらいは、直った。
 返事をするにしても、挨拶をするにしても、電撃に触れたようにビシッとなって「はいっ」やる。不自然な様子だった。怒られることを、恐れているのだろう。その時の目は、何も解っていない子供の目だった。今まで話を聴いてきた時の「素直な輝きを帯びた目」ではないのだ。真ん丸く見開いており、頭を遣っていない目をしていた。
 これが、不愉快だった。
 考えないでとりあえず言うコトを聞けば怒られないという、浅はかな知恵をつけた幼稚園児の目だ。
            ◇
 こういう目をするようになったから、もう心から通じ合うようなことは、無くなったような気がしたのである。
 以後、中学に向けての助言をしても、こんな目で「はいっ」と聞く。どこまで解って聴いているのかはわからないが、少なくとも、以前のように自然に理解できたことが判る、素直さのある目ではない。何かで分厚く覆ってしまったような目だ。
 何か助けになるようなことを説いても、もう彼の心に響くことは無くなってしまった。
 これは、非常に、悲しいことだった。
 何も知らない幼児になって、「ぼくはよいこです。いわれたことはちゃんとやりまーす」みたいなことにしまっている。“みにくいあひるの子”ではない、不格好なタラちゃんである。「そうしなければならないこと」について、なにか考えて理解したものがある眼差しをしなくなったのだ。感情や考えの萌芽めいたものをすべて塗り潰した目だ。
            ◇
 心を閉じた、という表現が、しっくりくる。
 ただし、見放されたくないという強い執着も感じられる。
 自分の意志がカタチになっていくような年頃なのに、その萌芽が、無くなった。甘やかされて育ってきたのか、元々精神的に幼かったが、その聡明さは、紙の上の勉強以外の面で発揮されなかったのだ。庇護欲の塊になってしまったのだ。
 こんな子について、どう対応したら最良か、解らなかった。
 それなればこそ、それに適した対応をするべきだし、そうすることで彼にはマイナスにはならないし、わたしも無駄な体力と気遣いをしなくても済む。何を言ってもしてやってももう聴くことは無くなったし、母親べったりでその母親も社会的に必要なことを教えていないわけで、この状態を打開できることが、受験までの2か月では絶望的だと判断した。
 彼は明らかに、幼児退行していたのである。
          ◇◇◇
 次回の更新は、27日を予定しています。
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