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ローリン・ダイニング!!

Rowlin’Dining! すべての作品は、新作の材料だ!
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 ずっとあなたが・・・ 6

 学生とは未成年であり、親の保護下で生きるもの。
 だからこそ学生の受験とは、その保護者の意向が多少なりとも含まれている。
 但し、大学受験は殆ど完全に、その学生本人の意思だけで、受験先が決まる場合が多い。
 また、高校受験は、対象の学生本人がその先のことについて無知に近い状態であっても、内申点という制限があるために、ほとんど自動的に受験先が決まる。しかしながら、トップ校の受験資格を確実にしたいならば、内申点を稼ぐ必要があるため、家庭の教育がモノを言う。学生としての姿勢についてどれだけ完成度があるかを証明するものが、内申点だ。つまり、家庭での教育の完成度と本人の意思が、その受験先を決定する。
 上記2つの受験での受験先の選択は、学生本人の意志が少なからず反映されている。
 また、高校進学は「親の希望50%、学生本人の希望50%」として仮定すると、大学進学は、「親の希望<学生本人の希望」となる場合が多数派な気さえします。
            ◇
 しかしながら中学受験は、「学生本人の意志」や「学生本人の希望」の割合が、上記2つの受験に比べて、低いと思われる。それは12歳に過ぎない子供だけで中学受験実行の決定をすることは、ほぼあり得ないと言えるからだ。当人が中学受験を希望したとしても、大人の説得で諦めさせることは簡単であることも、理由になる。
 つまり、「親の希望>学生本人の希望」となっている場合が多数派だと思っても疑いようがないのだ。加えて、受験先も親や塾の先生によって決められてしまうことも少なくない。そこに学生本人の希望は非常に少ないのだ。
            ◇
 わたしは中学受験経験者ではあるものの、そこにわたしの意思など無く、親の意向で中学受験をさせられたクチである。詳細はテーマではないので省略するが、理不尽極まりない世界で、ヒドイ目に遭わされて苦痛だったことは、今でも忘れていない。塾の先生も親も憎んですらいるくらいである。無感覚を持っているから耐えられたものだが、当時のわたしの口癖は「受験はぼくの希望ではない」だった。もっとも、誰に言ってもその言葉に滲む苦しみなど、誰にも理解されなかったけれども。
            ◇
 現役時代のわたしは自覚が無かったけれども、「ちゃんと話を聞いてくれて、どう対応したら良いか、どんな心持ちでいれば良いかなどを、説いてくれる大人の存在」が欲しかった。親の仕打ちが理不尽極まりないことを子供ながらに解っていて、それで異常な苦しみを与えられたのだから、どう行動したら良いかを説いてくれる頼りになるアドヴァイザーがいれば良かったと、今になって思うのである。
 だからわたしは、慶應中学の夢を断たれた彼に、どう対応したら良いか。どんな心持ちでこれからを過ごせばよいかを、理に適ったカタチで説いたのだ。難しいかもしれない話だが、国語の偏差値70を苦も無くとれる子だけに、ちゃんと理解できた。
 だから、泣きそうな表情でも、頼もしい表情に戻すことができたのだ。
            ◇
 後は、前述の通りである。
 彼はその説得でも1日しか保たなかった。
 これは、わたしが語った内容を、すぐさま例の母親に語り、母親は自分の意向に合わなければ、その度に批判していたのだろう。「それはおかしいんじゃないの?」と言うような口ぶりで、わたしの話を彼の口から聞いて反応していたこともあるらしい。その話を、彼本人の口から1度聞いた。「わたしが慶應中学の受験をすべきだ」という応援をしたことへの母親の「それはおかしいんじゃないの?」のコメントを彼の口から聞いたものだが、全然理に適っていないのだ。確か、慶應中学に進学できてもその先が云々、内部進学では大学の学部選択も云々と、根拠になっていない。もちろん、わたしはそれを指摘して、彼に説く。
(偏差値70は無理だと仰った母親だったが、実際に偏差値70を取り続けたではないか!)
 これは推測だが、問題だったのは、彼も母親の言葉が矛盾していることに気が付いていたことだ。わたしがかみ砕いて説明しなくても、彼は矛盾に気が付いていたと思えるのだ。
 だが、彼は甘えている対象である母親が嫌っているのに、反対意見を言うことはできないのだろう。彼はわがままだが、彼がわがままを引っ込める唯一の対象ともいえるのが、母親なのだ。だから、その分をわたしに甘えに来るのだ。授業になっているかが、彼には問題ではなく、わたしに会って話を聞いてもらうか宥めてもらうかなど――つまり普段甘えている母親で甘えられなかった分を少しでも取り戻す目的で、彼はわたしを必要としていたのである。
            ◇
 彼は、母親と対立することになったわたしを両天秤にかけて、その結果、母親をとったのである。
 当然といえば当然だが、これは「どっちを助けるか」の究極の選択ではない。
 わたし選択したところで、家族が崩壊するわけではない。わたしの考えを採っていれば、慶應中学に行かなくとも、彼は大人へと成長する方向に進むことになり、母親への甘えから独立する1歩を踏み出すことができたハズだ。
 彼は、自分の希望を蹴ることで、もっとも確実に甘えられる結果となる選択肢を、採ったことになる。
 時は、11月――。
 その少年を、わたしは心の底から見限ったのであった。
          ◇◇◇
 次回の更新は、19日を予定しております。
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