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ローリン・ダイニング!!

Rowlin’Dining! すべての作品は、新作の材料だ!
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ぽてモン奮戦記 14

 ぽてちんモンスターCは、いきりたっておたけびをあげた!
 しかし、だれも聞いてはいなかった!
 ぽてちんモンスターCは、しょげてしまった!
          ◇◇◇
 12月現在、ぼーんちょは毎日学校に通っているらしい。
 中1生から10月いっぱいまで、まともに学校に行っていなかったのだ。
 登校拒否児というものは、他にもいる。中3生に1人、在籍している。学校に行かない代わりに、自宅で自ら勉強していたから、他の高校受験生と混じって模擬試験を受けても、決してヒケをとるような出来映えではなかった。
 ぼーんちょは中2生だ。受験勉強中の身ではない。
 学校を行っていないことを知ったとき、わたしは戦慄した。
 彼は一体、学校に行かずに、1日家の中で、何をしていたのか――。
 どう想像しても、殊勝な行動があったように思えないのだ。
 日中は惰眠を貪る。それで誰もが寝静まった夜中の自宅で自由な生活を送る。
 深夜アニメをすべてチェックしていること。ゲームの話題もついていけること。
 アニメは1枠30分だと考えても、毎日数本観られるほど、中学生は時間をとれるものとは思えない。
 親は一体何を考えているのだろうと思って、実に肚が立ったものである。
            ◇
 「国民の3大義務」とはいっても結局、納税の義務だけが目的だと思うことがある。
 勤労の義務は、納税のため。
 子女に教育を受けさせる義務は、勤労可能な人材生成のため。
 つまり、扶養下で納税を免除されていても「学生」として身分が保障されている者の義務とは、通学して勉学に勤しむことであろう。勤労の代わりに、勤勉たれ。
「わたしが言ってもきかないんです~」
「理解できるように、わかる言葉でゆっくりと説明してあげるんです。『こうしたら?』とか『ああしなさい』というときには、納得のいくように説得することが、(ぼーんちょ)くんを動かす鍵です。(ぼーんちょ)くんは、解れば素直に動いてくれますよ?」
「説得? わたしじゃ無理だわ。。。」
 これは、母親の弁だ。暴力を振るうことにも躊躇いがあるという。しかし、わたしが、
「説得して解ったのに、それでも動いてくれないのであれば、最後は実力行使になるかと思います」
と電話口で申したところ、母親氏は
「是非そうしてください。よろしくお願いします!!」
と、嬉々としてわたしの力強い“実力行使”に許可を出していたわけである。
(今のところ、ぼーんちょにわたしが暴力を振るったことは1度も無い。暴力を背景に恐喝したことだってない。ぼーんちょは素直ではある。理解できれば聞いてくれるのだ)
 きっと、この母上はオトコノコというイキモノを、どう扱うべきか、最初から失敗していたのかもしれない。自分が何を言っても子供を動かすことができず、旦那は放任主義、自分では暴力を以て脅かして動かすこともできない。きっと、途方に暮れていたのだろうと、この嬉々とした語調から感じた。
            ◇
 それでも――。
 子育てをする親なら、「できなーい」では済まされない問題があるのだと思う。
 子供が全然指示に従ってくれないのであれば、最終手段は暴力行使もせねばならないだろうし、そもそも、感情と思いつきで相手をしてはいけないのが、子供なのだ。向き合うときは慎重に、そして話すことは必ず「解るように」、話してあげなければならない。
 親の「他人に対する気遣いのレヴェル」がよく顕れるのが、子供への教育なのだと、わたしは考えている。日常生活でもっとも頭を遣うときとは、他人を気遣うときであると考えるからだ。単に、お勉強がデキれば頭が良いという意味ではない。真の道徳は、記憶や経験で実行するものではないし、茶道なんかでも「相手に気が付かれないように、気を遣ったもてなしをする」という考え方があるのではなかろうか。
(だからこそ、接客業とはアルバイトがマニュアルの記憶による中途半端な仕事でやるべきではない、とすら思っているくらい)
            ◇
 “教育”というものは、一族単位のものになりやすいと思われる。親の人間性や教養のレヴェルが、大きく子供に影響するものだから。1代で家柄のランクを大幅に上げた傑物でもない限り、身分や階級の大変動はなかなか無いのも、世間の常だ。
宗族の教育――原初の「宗教」とは、そういうものではないかと、想像をめぐらせることがある。宗教とは決して、イカガワシイものではなかったハズだと。
            ◇
 学校に行く行かないを始め、最低限の勉強もせずにフラフラしているなど、どうしてもいうコトを聞かせられないのであれば、親の方も手段を選んではいけないのだ。
 言葉が通じない。
 物理的なチカラを行使することもダメ。
 そうなら、子供が義務を果たしていないのだから、親の方も義務を果たさないという選択肢だってあるのだ。働かざる者、食うべからず。それくらいの毅然とした態度をとる。
 子育てだって、命懸けだ。そうあるべきである。子供を育てるのに大変なのは経済だけではない。子孫を残す行動だって、本来は同じくらい大変であるべきだと思う。
 考えてみれば、自然界で動物が他の動物に触れる機会とは、「食うとき」か「交尾をするとき」か「食われるとき」くらいではないか。どれも命が関わっている。
 或る程度優秀な子孫をつくりたいなら、尚更であろう。
          ◇◇◇
 以前の記述の訂正があります。
「9月に2学期中間テストがあった」
を訂正します。2学期中間テストがあったのは、10月でした。
 それで、12月に2学期期末試験になるかと思っていたら11月の下旬にあり、次の試験までのスパンは1箇月もなかったわけです。
 以上、訂正を終わります。
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