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ローリン・ダイニング!!

Rowlin’Dining! すべての作品は、新作の材料だ!
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 騎士マルタ ⑦

 自習の効率は、悪かった。
 5時間近くいたのに、B5紙1枚か2枚程度だった。
 こうして、3月から7月までが終わった。
 非受験生の小6生の模試は2科偏差値40がやっとだった。
 公立一貫校向けの模試の偏差値は、30台だった。
 だが、非常によく懐いていたし、仲良くもなった。
 他、計算の正答率は高くないし、慎重さにも欠けるため、解ける問題も落としていたが、割合に関する単元の基本事項(分数の表現、比の使い方各種、百分率などの計算での活用)は、マスターはできた。苦手ではないのだ。
 4か月で、その程度だった。
            ◇
 或る日、短めの作文問題に差し掛かった。
「あなたの家族について、書きましょう」
 キチンとした文章は、書けなかった。
 しかしながら、公立一貫校の問題は独特だから、私立中学の入試問題に無い、こうした問題も出されることがあるのだ。
 もちろん、字もキレイではないし、読みづらい文章が出来上がった。
 読みづらかったが要約すると、
「おれの両親は、おれを(公立一貫校A)に受からせるために、塾に入れてくれました。おれを塾に通わせるために一生懸命、働いてくれています」
というような内容だった。
 意外なことを認識していることが判って、嘆息を禁じ得なかった。
 ――この子は、やっぱり賢い。
 こんな年齢で、自分の置かれた立場を理解している。
 この作文を親御さんにご覧になっていただこうと、思ったものである。
            ◇
 モル坊は小学校が終わる15時から、この教室に毎日来る。
 少し離れたところに自宅があるため、日の出ている時間は歩いてくるが、夜になると自動車でのお迎えが日課になっていた。
 授業があろうが無かろうが、結局16時半頃から21時過ぎまでいたわけである。
 授業は基本的によく聞いてくれた。
 ただ、授業外でもよく喋りまたよく話も聴くので、モル坊と会話になると結構白熱する。
 それで、21時半を過ぎることもしばしばあった。
「外でお迎えが待っているから、早く帰る支度をして」
 とにかくここにいたいのか、いつもなんだかんだと言ってずるずると教室にいるのだ。
 ちなみに、自動車でお迎えに来るのは、見た目50前後のオジサンだったから、わたしは、こちらの御仁が彼の父上かと思っていた。
 その日も、彼はぐずぐずと教室で喋ろうとするので、
「ほら、帰るよ。パパが待ってる」
「ううん、あれはお父さんじゃないよ。お祖父さん」
 自動車でのお迎えは、父親ではなかった。
 その日は偶々お祖父さんだったのかと思っていたが、いつもお迎えに来るのは「お祖父さん」だった。ちなみに、大して気にも留めていなかったが、モル坊は「おじいちゃん」とは言わないのだ。
 とはいえ、気になったことがあった。
 たまに、自動車で送られて来ることがあった。もちろん、お祖父さんの運転だ。
 お祖父さんもお迎えや送りと大変だと言うと、
「うん、昨日はお祖父さんの家に泊まったから、そのまま送ってもらえるんだ」
と、答える。お祖父さんはモル坊の両親と一緒の住まいではないようだ。また、お祖父さんの自動車でのお迎えがある日は、そのままお祖父さんの家に泊まる日も少なくない。
 送りの日を数えてみると、3日に1日の割合で、お祖父さんの家に泊まっている。これは、この歳の子供にしては少し多い頻度ではないかと思った。しかし、何かしらの事情があるのかもしれないと思いつつも、わざわざ聞くようなことはしなかった。
「おれ、“お父さん”はいないんだ」
 お迎えにきた御仁をパパと呼んだときに、モル坊が言った。
 実にあっけらかんとしていたが、聞いている方はどきっとした。
「生まれた時から、お父さんはいないんだ。おれはお母さんから自然に生まれてきたんだ」
 自分は木の叉から生まれてきたんだ、とでも言うような調子であった。
            ◇
 もちろん、「あら、そう」と普通に相槌を打っていたが、内心では驚いていた。
 この年齢でよく懐いている子供なのに、両親の話をしたがらない。
 どことなく親御さんに遠慮を感じる態度。
 送り迎えは、同居でない祖父が請け負っていること。
 そして、祖父の家で暮らしたり、塾にいたりと、自宅にいる時間が短いこと――。
 彼の背負っているものが解ってしまって、妙な居たたまれなさを感じた。
            ◇
 母親と2人で暮らしだった。これだけならまだよい。
 しかし、或る時、母親が再婚する。或る日突然、見知らぬ男性と1つ屋根の下で暮らすことを余儀なくされる、連れ子の気持ちは如何ばかりのものであろうか。
 この子が言動以上に何かシッカリしたものを持っていて、しかも、完全に外の人間に他ならないわたしに懐いたこと。彼の性質やその反応の主たる背景が見えてしまった気がした。杞憂とはいえ、彼が受験を選んだ動機めいたものも、きっとそうしたところに由来するのだ。
 ――まったく。大した小僧だ。
 公立一貫校に受かるだけの保証はまったくできないが、最善を尽くしてやるに相応しい。
 これが、7月頃のことだった。
 こうして、どうするかあれこれ考えようとするものの、夏期講習という迷惑な行事によってそれが適わないまま、8月があっという間に過ぎていくのだった。
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