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ローリン・ダイニング!!

Rowlin’Dining! すべての作品は、新作の材料だ!
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 ムカデの鳴き声(下)

 今回思ったことで問題なのは、あのときの出勤前に感じていた
「仕事に行きたくない」
 という気分と比べているのである。
 結論は、あのときの「仕事に行きたくない」という気分の方が圧倒的に強かったことが判った。比べてみないと判らなかったものだが、以前の方が肉体的にも精神的にも全力度が高かった分、そこを差し引いても、その当時の厭さ加減は強烈だったということであろう。
            ◇
 職場に行きたくない――。
 仕事が厭だ――。
 どの仕事でも歓迎されたことはなく、むしろ鬱陶しがられ、仕事が出来るとムカつかれ、それでいてその仕事で気持ち良く仕事ができたことなど無い。
 だから、己の居場所というか立場は、実力行使で得ていたようなものだ。
 最終的に、その現場で誰よりも強くなることが出来ていたから。
 そうした源流は、学生時代からである。
 そして、今の職場ですらも、単純な力学だけで立場がある感じである。
 だから、どの仕事でも「出勤したくない」という気分は強く思っていたし、仕事を辞めたくて仕方がないことが普通なのだろうと思っていると言っても過言にならないくらいである。どれも似たようなヒドい中だったが、それでもくっきりと最悪は存在する。
 あのレストランか、2代前の塾長の時代の講師業務である。
            ◇
 今のこの仕事でも、気分は悪い。
 だが、上記の2つと比べてみて初めて、今はまだずーっとマシなんだと、判る。
 我慢が利くことは明白なのだが、こういう状況はこういう姿勢のままでは、埒が明くことはないのも、経験的に知っている。
            ◇
 この放浪が始まって数年後に、執筆とトレーニングと仕事と身近な攻撃者たちへの対応策の日々で、望む道を進めていて忙しいのに、退屈極まりなかった。同じレヴェルで語らえる友人もいなかったからだ。
 脳が刺激を求めていたのだ。
 脳だけでなく身体中が刺激を求めていて、とにかく全身が痒かった。あまりに衝撃めいたものを肉体が求めていたから、わざわざ椅子から床へと背中から落ちてみたり、てのひらを風呂場のタイルに打ちつけてみたりしていた。
 これは自傷行為でもないし、マセラシオンでもないし、マゾヒズムでもない。
 肉体が、動き回りたくて仕方がないのである。
 あまりに退屈で、全身に発達していた毛細血管が使われていないような気すらしていたから。今、それを再び感じることがある。
 つまり、正常な感覚の残っている時代でそういう日々が続くと、そうしたものを感じてくるのだろう。或る時からそれがなくなって安定したと思っていたのだが、これはひょっとしたら、好い傾向ではないのかもしれない。
            ◇
 同じような日々を繰り返していると、バカになる気がしてならない。
 定型句の記憶と、当然の連続だからかもしれない。頭蓋骨という密閉空間を感じる。新鮮味のない言葉なんぞ言いたくもない。脱出したい、そんな気が漠然としていながらも強い。
             ◇
 だから、文を書く。
 同じような日々でも、記録してみると違う文章が出来上がる。だから、今年の始めに、
「泳ぎ続けなければ呼吸が出来なくなるマグロのように、執筆しなければ死んでしまう」
 というような言葉を書いた。
 いつも、面白い物語は自分で紡がねばならないのだ。
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