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ローリン・ダイニング!!

Rowlin’Dining! すべての作品は、新作の材料だ!
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 未完の師弟、或いは 11

 思わぬ事故――。
 彼女がわたし主宰の年末年始の勉強会に参加しなかったことも、事故と言えば事故ではあるが、もっと別の問題が起きたのである。
 1月。
 先立って行われる、地方の私立校の県外入試を模試代わりに受けることで、リハーサルを行う。大人と比べて、小学生は緊張などの影響は大きいと考えられている。そのため模試などにより、「見知らぬ場所で見たことの無い人間たちに囲まれて試験を受ける」という訓練は欠かさずやっておくことも、小さくない要素だと思われている。
 偏差値48程度で合格する可能性が高まる、長崎県の私立中学を、受験する計画だった。
            ◇
 1月中旬の或る夜、来客があった。
 シノリナの母上だった。
「がんしょ、まだだしていないんです」
 元・外国人の方特有の、どこかキョトッたような口調である。お客様でこういう口調は正直、苦手なのだった。大した問題ではないのだが、1言1句とその抑揚の変化と表情とジェスチャーなど、とにかくすべてに注意を傾けようと過剰反応してしまうため、エネルギーを多く費やしてしまう。元・接客業だったわたしは、相手の要望を正確に捉えようとする姿勢がいまだに抜けないのである。
 それで、とんでもないコトを仰ったのである。
「せつめい、よめなくて、がんしょだしていません。じゅくちょう、いますか」
 願書を出せていない、と仰っていた。
 もちろん、長崎県の私立学校の首都圏入試の願書受付の締め切りは数日前に終わっていたのである。
 いや、それだけならまだ良かった。実は、現場監督の方は、そうしたミスがあったことを既に電話で聞いていて、まだ締め切りになっていない学校の“お試し受験”を勧めていたのだった。
 で、どういうわけか、その現場監督がちょうど留守だった。
 しかも、母上が持参した願書書類一式に目を通すと、締め切りはその日だったのである。
「当日消印、有効………」
 それを確認して教室にかけられている時計を見た。18時を過ぎていた。
 唖然としていたら、「こんにちはー」とシノリナ本人が通塾してきた。
            ◇
 結局、わたしはそのとき受け持っていた授業を、そのとき手の空いていた講師に代わってもらい、願書書類に目を通して母親に代わったシノリナに世帯主の名や住所などを喋ってもらい、必要事項を代筆することになった。
(この間、母上はシノリナの隣で黙ってにこにこしていた。母上は日本語に不自由はしていないのだが、小学生のシノリナの方が頼りになった。容貌はあまり似ていないのだが、ひょっとしたら、こういったトボケたところが似ているのかもしれない)
 それがちょうど終わった頃、現場監督が戻ってきて、まだ窓口を開けている最寄りの郵便局と受験料振込みの為の指定銀行のATMを検索し、それから母上が慌てて自動車で願書を出しにいったわけである。
            ◇
 ところで、新たに受験することになった学校は大阪府にあり、その偏差値は、なんと55である。
 本来受ける予定だった長崎県の私立学校は偏差値48だった。1月の入試で合格して喜ぶ子供はあまりいないものの、失敗した場合のリスク(子供が悄然とする)はあるので、これは驚くべき挑戦だった。長崎県のこの学校はわたしの知る限り、不合格になった子を見たことが無かったが、今回のこのレヴェルはさすがに危うい。
 懸念したわたしは過去問題を探したが、この塾会社のデータには無いとのことだった。
 もっとも、試験は1週間後である。もう肚を決めるしかなかった。
 事故とは、この予定外の受験であった。
            ◇
 この場末の個別指導塾が参考にする一般公開の模試は、四谷大塚や日能研などのようなものではない。メジャーな集団塾の模試の問題と比べて、その問題のデタラメさは枚挙に暇が無い。公立中高一貫校と私立校の問題傾向はまったく違うが、それらを足して2で割ったようなものなのだ。「大味」と評したのは、こうしたところである。
 このような個別指導塾では「この模試の範囲に合わせてカリキュラムを進めていれば、全単元が終わる」といって、この模試の範囲(小5から小6の9月頃までの模試は範囲が単元名で発表されている)に合わせようとする。しかし、小6の4月の模試の範囲で、いきなり「2進法」などの進法変換の計算を応用題で出してきたりするので、基礎学力で劣る子の多い個別指導塾が、この模試の範囲に合わせてカリキュラムを進めることなど、不可能に近い。授業だけ進めることができたとしても、もちろんそれは、定着は想定外なのである。
 こんな背景があるからこそ、シノリナがラストの模試で偏差値60とはいっても偶然性(切欠になった理科は、出題へのヤマ張りが当たったこと)が強く、集団塾の子らは参加していないデータだから、わたしは彼女の実力について「中学受験生全体の中での偏差値60」ではまったくないと思っていた。考慮されていない集団塾の子らは、どの偏差値ランクであっても、この模試の競争者よりも手強いに違いないと思っていた。
            ◇
 しかし、わたしの予想は強い悲観傾向があることを疑われるような結果となった。
 偏差値55の1月受験で、シノリナは見事に合格を勝ち取ったのである。
 驚いたのはいうまでもないが、それでも、本試験は「国立Y校」と「私立M学園」と、なかなか際どいランクの志望校である。今回の合格では、それらの合否を占うわけにはいかなかった。もっとも、滑り止めの「私立M女学院」は間違いなくとれることだけは、確信できた。
 そして、2月の本戦である。
 2月1日――午前に私立M女学院、午後に私立M学園。
 結果――。
 私立M女学院を合格し、私立M学園は、不合格となった。
 よって翌2月2日は、午前中の私立M学園の2回目の試験に臨むことになったのだが。
 なんと、これで合格を勝ち取ってきたのである。
 ここまでくると、さすがに安心して見ていることができるようになってきたが、油断はできなかった。
 2月3日の国立Y校は、最近数年間の過去問題が無いのである。学校側が過去問題の公表を行っていないのだ。過去問題で傾向と対策を万全にして臨むことが出来ないから、出たトコ勝負ってヤツであり、本当の実力勝負ということになる。
 わたしの懸念はしつこいが、シノリナは無事、国立Y校も合格だったのである。
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