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ローリン・ダイニング!!

Rowlin’Dining! すべての作品は、新作の材料だ!
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『 HBC 16 』

 吉佐(きさ)と名乗った女はシュッシュッと、拳を素振りしてみせた。やはりとても、速かった。
「痛みを伴う思い出を叩きつけられるような場面で、あ、安心なんかできるか!」
「いいじゃない。痛みなんか少しだけよ? 当たっちゃったら沈んでいくだけで、案外快感かもしれないじゃん? 試してみよう、うん」
「あり得ない、マジか……」
 いやな汗を感じながら、ミナミはのろのろと、リングの真ん中に向かった。
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  7.
 ミナミは、肚を決めた。羽織っていたよれよれのワイシャツを脱ぐ。その下にはスリーヴレスのシャツを着ていた。ヨコハマタイヤの小さなロゴが左胸についたシンプルな白いシャツだ。ズボンは取り敢えずジーンズではなかった。軽作業で動き回るのに困らないチノ・パンツだ。ボクサーとしては全然風采が上がらないが、そんな恰好で臨む。
 脱いだワイシャツを畳むミナミを、女は見ていた。
 ミナミの身体は、痩せている。
 だが、ガリガリという感じでもないし、緩んでいるようにも見えない。それは露わになった二の腕を見れば分かる。太くはないが、腕を曲げたり伸ばしたりする度に筋肉の各継ぎ目に、窪みが出来る。
「イイ身体してるね」
 言われたミナミは、黙って愛想笑いを浮かべることしかできなかった。
 身長は高くないし、脚だって細くない。お世辞にもスタイルが良いとは言えない身体つきだと自覚している。
 しかし、スタイルは良くなかったが、自分の肉体を見られるとき――例えば、着替えるときとか、夏の砂浜に出るときとか――に格好悪く思われないくらいには、己の肉体に気を配っていた。だからか、腕力は強くはないが、決して弱い方とは言えなかった。
 ヘッドギアをかむり、顎で締める。
 脱ぎ掛けたグラヴも、キチンとつける。
 ミナミが終始無言だったので、女も黙って、戦いまでの時間を、気持ちを整えることに費やした。
 ミナミは靴と靴下を脱いで、裸足となった。
 靴下を脱ぎながら、女の足元を盗み見ると、彼女もまた、裸足だった。
「……………」
 何かを想わないでもなかったが、やっぱり何も喋らないことにした。
 用意が、出来た。
 そう口にしようとしてみると、喉の奥がカラカラに乾いていたことを思い出した。大きく息を吸い込んで、ゆったりと深呼吸をした後、唾液で喉を湿らせる。
「用意が、整った」
 対角線上のコーナーで待っていた女は、ゆったりと顔を上げる。
「Your madness is my joy...Shall we begin ?」
 二人が中央に歩み寄る。女の言葉にハッとしつつ、ミナミは応じた。
「-- Yes, let's !」
 戦いの火蓋が、切られた。
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  8.
 ――やりにくい!
 開戦してすぐ、ミナミはそう感じた。
 女はリズミカルとはいえ、上下に、左右に、機敏に揺れている。
 目を見ていれば、相手が動くタイミングが何となく分かるものだが、相手が小刻みに跳ねている以上、目線が一定ではないのだ。目線が安定して捉えられないことに、焦った。
 だから、一歩下がる。
 すると、ミナミと殆ど同じタイミングで女も前に出た。
 ミナミが右に、左に、どちらに移動しても、女は影のように平行移動をして、ミナミとの距離をしつこく保っていた。
 ――間合いが完全に制されている。
 ――前に一歩でも踏み出せば、その瞬間を狙って自分よりも速く踏み込んでくる!
 ミナミがそう感じた時だ。
 女の頭が一つ分沈んだかと思うと、さりげなく間合いに入り込んできた。
 気が付いたら、目の前に整った顔があったという感じである。
「!」
 腕を伸ばして届く位置に、相手の頭部がある。
 即、退く!
 視界にグラヴの拳がドアップした。
 左ジャブだった。ミナミは鼻先に拳による突風を感じた気がした。紙一重だった。そして、
 バシッと、衝撃とともに左の前腕が鳴った。女の右パンチを、左腕でガードしていた。
 殆ど本能的だった。パンチを目で捉えていなかったのだから。
 一つ躱しても油断しなかったのは、正解だった。コンマ以下一二の要領で、左ジャブの直後に右パンチが襲いかかっていたのだ。
 辛うじてガードし切って、女の躯に身を寄せる。
 肘同士で打ち合うように押し合って、互いに跳ねるように離れる。再び距離が開く。
 女は再び機敏な足取りで、ステップを踏んでいる。
 目が金色に光っていた。
 ――よく躱したじゃん。
 目は何かを伝えていたが、口元は笑っていない。
 風が、動いた。
 胸元に女の顔があった。
 だが、今回はフットワークが間に合わなかった。攻撃を避けることが出来ない。
 再び繰り出される、ワン・ツーの拳。
 ミナミは咄嗟に上体をのけぞらせて身を捩っていた。顎があった辺りに、左右の拳が空を切るのが見えてから、ミナミは横転した。そのまま二回転三回転と転がって距離を取る。
 転がりながら、距離が出来たのを視界の端で捉えていた。
 そして、すぐに立ち上がって態勢を整える――。
 そこに、拳が飛んできた。
 左頬に衝撃を感じた時には、頭が右斜め後ろに傾いだ。
 横転しているときに、女が動いていなかったことを確認したことで、一瞬だけ完全な油断が出来たせいだった。しかし、ダメージに怯んでいる場合ではない。
 パンチをもらった瞬間は視界が機能していなかったが、続いて女が追撃を加えんとして振りかぶる気がしたから、即体当たりを掛けるようにして、間合いを閉じた。頭はぐわんぐわんとしていたが、次の一撃を食らえばゲームセットだろう。女相手に倒される男――そんな情けない想像を振り払う。一撃を食らうわけにはいかない。ミナミは必死で歯を食いしばった。
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