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ローリン・ダイニング!!

Rowlin’Dining! すべての作品は、新作の材料だ!
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あまりいい感じがしない

 夏期講習が始まった。
 週5日で入っているが、私は1日に1コマか2コマしかやろうと思わないので、それほど忙しいというわけではない。
 というのは、もちろんウソである。
 1人の生徒をキッチリ面倒見るし、授業の完成度を目指しているので時間外労働が厳しい。
「先生(=私)はおれのやり方と似ているね」
 本日出勤してコピーを取っていると塾長がそういってきたが、まったく褒め言葉になっていないのは言うまでもない。まぁ、塾長本人に悪気はないし、むしろ褒めているのだろうけれど。
「おれも予習をしないと自信がないからね」
 私は予習でその単元のみの内容を頭に叩き込む即席講師ではない。予習をするのは、良問悪問を吟味するためだ。また、自分で同じように問題を解くことでその単元がどれくらいの労力と時間が要るのかが見えてくる。つまり、飽くまでその1回の授業計画のためなのである。
 塾長はたまに授業を受け持つ。なにが良くないと言うのは難しいが、――あまりいい授業をしているとは思えない。上から目線であり早口だから、突きつけるように物を言う。
 で、その説明が画一化されているかというとそれほどでもない。
「おまえなに、この程度も出来てないのか!」
 英検4級を受ける予定の小学生にいった言葉である。それまでの6回(8回目だったかも)で英語の構文というか、基本的な構成と日本語訳などが体系的に教育されていなかったせいなのだ。
            ◇
 動詞には、<現在形><過去形>などの形があるなども理解しておらず、英文の穴埋めのデキの悪さに「これじゃあ受かんねぇよ!」と塾長が怒っていたが、それはこのプロジェクトの計画の悪さのせいでもある。大体、そんなプロジェクトを提案したなら、落ちたって後の為になるように計画を組むのが、策というものであろうに。塾長は学生講師をたらい回しにした。1回1回講師が違う。その生徒は気も調子もが良い小型大仏少年であり、次男坊のせいか人の機嫌を伺うのが鋭いせいか、直感の良さは天下一品なのだ。だから先生にその場シノギでいい顔するための分かったフリも上手い。勘がすばらしく良いので、運が良いと正答率60%をたたき出すことすらある。
 だが、解答が<なんでそうなるのか>がまるっきり理解していないのだ。
 運も良いから勘で当たりまくったものは分かったことにしているし、講師も適当な担当配分だから、深く追求もしないのだ。後に全12回のそのプロジェクトで4回担当する機会があったパイロット先生が警鐘を訴えていたのを何度か聞いた。
 リスニングのデキがまぁまぁなのでそれが合否を分ける、自分の回の授業はリスニングをひたすら鍛えたと仰っていた。それで「どうなるかなー、心配だなー」とか言っているから、
「どうせなら、パイロットさんが全部担当すれば良かったのに」
 私にメインの采配でまわしてくださいって、とか言ってみる。
 もちろん、そんなことを言えば「絶対だな、責任だぞ」とかオドシに来る塾長だ。
「私1人で全部担当するのもどこか偏りが出る気がして」
 それは私だって常々感じていることだ。
 だが、問題はそこにはない。
「そうかもしれないけどさ、勝ち得るまでのプランがそこまで見通せるのなら、不合格だって彼が得るもののあるプロジェクトになったに違いない。問題なのは」
 かくいう私も後半で1回担当したから問題の所在を知っている。
            ◇
「問題なのは、1回の授業で毎度<ン年度過去問>を文字通り一方的に解かしていた“だけ”だってことでしょ。あれだけやっていたのに、大仏少年は英語の<え>の字も分かっていなかったよ。主語と動詞で成り上がっていることすら知らなかったんだよ? 全然何の知識もなく問題を解かせているだけじゃあ、問題自体を丸ごと覚えない以上は正答率なんか上がるわけがない、勘が良いとはいえ所詮あてずっぽうなんだから」
 あの大仏少年は、英文をシルエットの形で見てその並び方の形へのセンスで、4つの選択肢の中から1つ選んでいるだけなのだ。
「そーそー。まさにそうなんだ」
 パイロットさん、大いに頷く。
「12回もあるんだから、英単語を覚えることを基本にしても、英語学習を先取りする感じで基礎文法の体系や概観を教えるなり、ノートを作らせるなりするべきだったんだ。あれじゃあ身についたものなんか何にもない。これで合格する以外に彼(とその企画へのスポンサー)が報われる道がなくなったのだから。受かるのも神頼みだし、お金と労力と時間をドブに捨てたようなものだ」
「………ねぇ」
 さすがに極論だけに、頷き方が慎重になるパイロットさんだった。
 もはや塾長が脅すとかの問題ではないのだ。
 本気で生徒やお金を出す保護者のことを考えたら、こうする以外に良い選択肢はないのである。
 でなけりゃ、異端講師として振舞う必要は、私にはない。
 問題講師の恰好をしていれば、0点を笑ったところで「しょうがない」で済むし、いざというときにズバッと物を言うと説得力になる。少なくとも塾長のやり方も、それを苦々しく思っていながらも適当にこなす学生講師を始めとしたベテランどものやり方も、私は賛同できないからだ。
            ◇
 話を戻します。塾長の大仏少年への英検プロジェクトの授業である。
 前回の復習内容たる小テストが全然出来が悪く、しかも、名詞は動詞はなどという口頭質問にもトンチンカンな答えをする大仏少年に、慌てた――を通り越して腹を立てたわけである。
 恐らく、大仏少年は聞いたこともないようなことを聞かれていた。
 太っていて適当に流すところ流す調子与三郎だけど、理不尽に怒られているのが分かるだけに気の毒だった。
「動詞の種類」
 だのをはじめ、
「未来形」
 だの
「進行形」
 だの単元の固有名詞を早口でばばばっと、掃き掃除をやっつけ仕事でやるが如く説明して「ダメだダメだ」と繰り返す。理解が早い生徒だって、これじゃあついて来れないし、ましてや英語の文法なんか皆無の小学生だ。ひたすら罵倒されているだけの授業だった。これはいくらなんでもかわいそうだったので、その授業の終わりに「災難だったな。だけど、気にするなよ? 習ってもいなかったんだろ?」とドンマイという調子で肩を叩いたものだった。ドンマイなんてのは、私の柄ではない。
            ◇
 この塾長の授業ないし説明を見る機会は何度かあったが、良いと思えるようなことはなかった。自習中の学生に受動態の説明をしたって、答えだけをスパーンと教えるわけでもなく、英文中に3つ並んだ空欄の最初と最後を隠して、「真ん中に意味を決定する単語が来る」的な要領のない説明をぐだぐだやって結局どこまでが文法の構文なのか分からないような話だった。
 「 be unknown to 」
 など、特殊な形の受動態だということも指摘がない。結局基本的な
 「 be (動詞の過去分詞形) by (元の文章のSだった名詞) 」
 などの基本的文法も確認しないし、元の文章
 「 S(=主語) V(=動詞) O(=目的語) 」
 を取り出して、このVが「be (過去分詞)」になるんだというようなこともやらない。
 ダメだよ。全然分かっていないんだから、手抜きの説明をしちゃ、余計に混乱するだけだろうに。
 その後、塾長が席に戻るのを確認して、その自習中学生に文法のおさらいをした。尚、彼がやっていたのは、受動態でも基本的なものではなく、特殊な形を取る例外だった。それは大学受験でも生きてくる重要な単元だ。その辺をキッチリフォローして、立ち去る。私は英語は不得意だから(日本語だってビミョーだし)、大したことは出来ないのだ。
            ◇
 ともかく、そんなわけで塾長が「おれのやり方に似ている」と言われても全然うれしくないどころか、危機感すら持ったものであった。まぁ、私の授業に関する信頼度があることは分かったので、曖昧に笑んで「いいクオリティの授業をこなしたいので」とやり過ごす。
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