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ローリン・ダイニング!!

Rowlin’Dining! すべての作品は、新作の材料だ!
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編集後記風

 先日が久しぶりに3万位台だったせいも手伝い、本日久しぶりに2万位台に出た(26741位/1288321)。
 ところで、一言メモのようなこのカテゴリ<その日その時キィワード>では、今の身の上が具体的に何があってどうなってしまったのかが――推測は辛うじて出来るのだろうが――分かりづらいと思う。後々、整理して語ることにする予定です。
            ◇
 毎日を何かしら書けるってのは、果たして善いことなのか悪いことなのか。
 なんだかノンフィクションを書くために冒険をしているような生き様になっている、この生活。当初は早期決着のつもりで、フィクションの最たるものをゆくようなライトノベル志願なはずだった。
 以前よりも、慎重になっているのだ。それは、ある面では消極的になったとも言える。少なくとも、決着に急ぐ積極性は失われてしまったわけだから。
            ◇
 消極的といえば、最近の人たちは「闘い方」を知らないように見える。知らないなら知らないなりに、正攻法でマヌケでもいいからと、堂々とした態度をとってみる人ですらまずいない。大抵は仕方なく世の習いに従う。呑んだ時に愚痴をこぼすのがせいぜいの仇花であり、消極的な抵抗すらしない。
            ◇
 そういえば、デモにしたってたとえば労働問題にしても沖縄の話にしても、感心できるような結果がない気がする。一方的に訴えて終わりって感じである。もう訴えても権力者や年寄りは動かないんだから、実力行使して目にものを見せてやらなきゃ分からないんじゃないの。テロが起こらないのが不思議だ(ここでいうテロは、何も爆弾などに代表されるような積極的暴力的なものを必ずしも指してはいません)。そう思えてしまうのは、私のこの生き方自体が自爆テロのようなものだからだろう。
            ◇
 世の中を変えるには、人生を変えるには、それなりの犠牲たる勇気がいるのだ。
 団結が出来ないなら、1人1人が自覚して何かカタチを見せる行動をせねばならないのだ。
 安穏と変革を待つ身でいるだけなら、そのまま腐る。
 動け。そして、考えろ。
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