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ローリン・ダイニング!!

Rowlin’Dining! すべての作品は、新作の材料だ!
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五分の魂の明日

 今から少し前の頃の噺である。
 吐く息も白くなる冬に差し掛かる直前の夜のことだった。
 最寄駅の時計は22時。この時間の帰宅は、遅番係たる私の日常である。
 もうこの時間は帰る人も少ない。駅前から少し離れたところにある商店街の閉まっているシャッターの、木枯らしにガタガタ鳴る音が遠くに聞こえるほど静かで、冬の夜はどこかわびしい。
 街灯の明かりに、葉っぱを失った樹の細かく分かれた枝が夜空に浮かび上がっているのを見上げながら、過ぎ行くその日に溜め息を吐きつつレンガの敷石の坂を歩いていたら、突然、左手の植え込みの中から「バサン」と言う音がして「ギニャー」と、行く手に何かが飛び出してきた。子猫だった。
 私のすぐ前に飛び出してきたのにどう言うわけか逃げない。変だと思っていたら、その猫の視線は私の足先に向いており、そこへネコパンチをかましている。
 その子猫は、カマキリを追いかけていたのだ。目の前でいきり立つカマキリを嬉々としてドツく。そのパンチはあまりにも微笑ましいものだが、カマキリの方は一撃食らう度に、音叉のようにビーンと左右に激しく揺れる。
 カマキリは一歩も退かない。倒れもせずに、得物の鎌を大きく掲げて敢然と仁王立ちで威嚇していた。じっとしており、軽々しく攻撃しないさまは相手の隙でも伺っているかのようだ。
 いや、虚勢かもしれない。俗に言う“蟷螂の斧”そのもの。相手は子猫とは言え、何十倍も体重は違う。存在感のレヴェルが違う。
 しかし、結果としてカマキリは猫を追い払った。
 「おーい」と声をかけてみたら、猫は私を見るが早いか一目散に逃げ去った。
 猫がいなくなってみると、案外大きなカマキリだ。それもそうだ。春からこの晩秋(いや、初冬?)まで無事に生き抜いてきたのだから。
 そして、この冬が本格的に来た時、散る命。
 私はいまだ背を向けているカマキリを手に取った。
 カマキリは今私の存在に気付いたように、夜ゆえの黒く変色した目で私を見た。
 そこに、色んな感情が浮かんでいるように見えてぎょっとした。
 「何故助けた?」と言う驚きの表情か――。
 「余計なことしやがって」と言った、通り越した怒りか――。
 しかし、なぜか「ありがとう」などとは言っているように思えなかったし、むしろ「礼なんか言うと思ってるの?」と訊いている気がした。
 「…………」。
 だから、私はそのかわいくないカマキリを植え込みの中に立っている街路樹の上に放り投げてやった。どうせあと数日の命の死に損ないである。止めていた足を動かす。自宅へ帰る。
 歩き始めながら、私は思うことにした。
 ――「ありがとう」なんか期待してないわい。
 ――ただの気まぐれだよ。
 ただ。強大な脅威を前に、おまえが取った毅然とした生き様は忘れないよ。
 カマキリは新年を迎えることなく死んだ。私は今日も、その道をゆく。
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