FC2ブログ

ローリン・ダイニング!!

Rowlin’Dining! すべての作品は、新作の材料だ!
2008/07≪  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31  ≫ 2008/09

ファンタジーを書きたい! ②

 やってきました、前回の【 いいわけ 】の続きです。
 本件はテーマとしてもねらいと見越しても難しい……そう思いました。
 失敗?
 Non! 失敗は成功の素、お湯にでも溶かせば即席で出来上がる! <何がじゃ

 ほら、これがホントの“けがのこうみょう”。 ・・・失礼しました。

 Ⅰ ファンタジーとは何か
 まずこちらで論ずる「ファンタジー」の定義を限定します。
 我々は、ライトノベルのファンタジーを書きたいとしているので、その点で、多少のミーハーさを気にせねばならない。つまり、“トレンド”を意識する要請があること。
 よって、参考や例とするお手本は最近の物であることが好ましい。
 それを踏まえて、ファンタジーを条件的に定義します。

  ・ 広義の“冒険”があること
  ドラクエシリーズのように広野をさすらう。次々と架空空間世界の場面を動き回ることに
 ワクワク感があるもの。要するに、文字通りの「冒険(険を冒す)」でも、一般的イメージと
 しての「冒険(アドヴェンチャー)」でも該当するものとする。

  ・ 世界観や設定に“架空”の疑いが含有されるもの
  ファンタスティック。幻想的な。すなわち、「ありえない」物事を描き出すこと。
 ここで問題なのは、【SF(サイエンスフィクション)】との差異である。
 同じ架空でも、科学に基づく物は【SF】。『ターミネイター』は【SF】。
 同じ架空でも、魔法に依存する物は【ファンタジー】。『ハリーポッター』は【ファンタジー】。
 一般的なイメージ(或いは偏見)とは、こんなところだろうか。

 Ⅱ 【SF】と【ファンタジー】の違いとは
  なるほど、上記のイメージで大体は間違っていないと思われる。だが、正確とも言いがたい。
  例えば、、、

  ・ 『アラビアの夜の種族』 (三島賞受賞作品・角川文庫)
  魔法だの魔王だの出てくるのに、ジャンルは【SF】とされている。
  ・ 『されど罪人は竜と踊る』 (角川スニーカー文庫/小学館ガガガ文庫)
  表現や論理構成、行使する魔法みたいな技の数々は、随分と科学的だ。
  ・ 『ハリーポッター』シリーズ
  魔法の物語だが、現実世界がちゃんと存在する。
  ・ 京極夏彦先生の『妖怪』
  妖怪たる架空(ファンタジー)を現実的具体的に描く。その事実に即する裏づけや考察は
 SFの超機械のウンチクさながらだ。いやいや、そもそもこれは物語中で架空じゃない出来事として
 描かれているから、SFでもファンタジーでもない。ミステリーなのだ。失礼しました。笑。
 
 それらを踏まえた上で、分かることは使用される架空に対して、どのように現実と関係してくるかの証明や説明があるものが【SF】だと考えられる。
 【SF』と呼ばれる物はみんな、ファンタジーのような世界でも、ン百年後の地球(或いは、そこから人類脱出済)だとか、ン千年前のユーラシア大陸ですとか、である。ガンダムなども現実の地球世界を基にして、架空の未来だかを設定している気がする。これが太陽系とかの見知らぬ星ではなく、全然違う次元の宇宙かなんかの現在の地球と似たような環境の世界だったりなんかしたら、巨大ロボットが出てきてもファンタジーとカテゴライズされるのではなかろうか。

 ファンタジーに於ける架空とは。
 要は、事実・現実に即したものではなく、作者のセンスによるものが100%ないしそれに極めて近い物だと考えられる。
 だとすると、そのセンスも作者が人間である以上、事実・現実に影響されているわけだから、まったくのファンタジーとは言いがたいと考え至るわけだが、そこで次の基準が出てくる。

 オリジナルともデタラメとも言えるファンタスティックな事象に対して、事実・現実との直接的な繋がりがあるもの。これが【SF】である。
 その事実・現実から、その架空への昇華に説明が(詭弁でも良いから)あるもの。そして、その説明が一般的に或いは表面的にだけでも筋が通っていて、俄かに信憑性を醸しつい頷けてしまうもの。
 これが、【SF】だ。
 ファンタジーはその説明がまったくない。架空と現実を橋渡しがなく、架空は無軌道なまでに架空として完結しており、現実が並行して存在しても、そこから無条件に完全独立している。
 これが【ファンタジー】である。

 さて、この話題はこの辺りにしておこう。そろそろボロが出そうです。笑。
 だって小説なんて、みーんな架空物。フィクションなんだから(「ノンフィクション」と銘打たれているものを除いて)。

 どのくらい、リアルか。あり得るか。それが基準。

 皮肉とは、事実を意地悪く指摘する毒舌や冗談だ。
 売れる新書は事実をうまく指摘している。その指摘が正確で共感できるから面白い。
 言い得てるから、面白い。
 それが優秀さ・面白さを測る基準であると同時に、小説の場合、そのままジャンル分けにも繋がってくる。
 限りなく、現実的なもの。  ―――  一般向けのミステリなど
 現実の延長上で架空を創り、それを語るもの。  ―――  伝奇やSFなど
 完全な架空。  ――――  ファンタジー

 結局、ファンタジーとは、最も現実から離れていて、リアリティが無いわけだから、敬遠する人はまったく手を出さない分野だ。逆に、ファンタジーを愛する人でコアなミステリーや感動系を嫌う人はあまりいないように思える。現実的な描写が如何に世間で通じているかの顕れであろう。
 ファンタジーは最も現実感がない為に、デタラメであり劣っている文学。 
 と同時に、最も優れている。それはもう、別次元クラスで。
 何故なら、そんな架空世界の中で、共感を引き出そうとする。それでエンタ性を他のジャンルと勝負できてしまうのだから、これこそが魔法。ゆえにファンタジーなのだ。


 以上、これは推測の域を出ないので、真っ赤な嘘の一種かもしれません。
 ・・・すいません、【ライタークロイス】の後書きの便乗でした。
 今宵は以上。続きは後日に加筆予定。

  ◇ K.Kega
スポンサーサイト