FC2ブログ

ローリン・ダイニング!!

Rowlin’Dining! すべての作品は、新作の材料だ!
2019/05≪  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30  ≫ 2019/07

ぽてモン奮戦記 16

 先に2学期内申点という結果を述べたが、11月に2学期期末テストがあった。
 わたしは10月にテストがあったばかりだったから、12月の初頭が試験日だと思っていたため、かなり泡を吹くことになった。
 もちろん、ぼーんちょは己の学校の定期試験日程を把握していなかった(1か月以上前から次の試験の日程を顔を合わせる度に聞いてきたが、把握してこない)し、そもそも、早退と遅刻を繰り返しながらナントカ学校を通って4日に1度は欠席をしていた。テスト範囲表を配られるのは、試験1週間前で、そのときには5科目を着手することで精いっぱいだった。
 ここでも、試験範囲の変更があって、ぼーんちょはそれを知らなかった。
 テスト範囲の変更により、もっともヒドい影響を受けたのが、この試験だった。
 数学――。ラスト3日でマスターした平面図形(角度)が、まったく出なかったのである。
 それどころか、もう出てこないと思われた2次方程式の文章題がバキバキ出てきており、練習不足でしくじることとなり、唯一60点台が狙える数学も50点台だったのである。
 また、毎日のわたしの無償の自習をアテにするあまり、自宅では何にもやらなかったのだ。先日、わたしが日記とともにつけている自習の記録を調べたところ、同じことを繰り返している週が、多いのだ。単元の進行が毎週適っていないことが明確になった。
 もちろん、毎日1時間の基本中の基本問題演習をわたしが監督していたところで、明日には忘れているのだから、ホントにどうしようもなかった。
 本人の問題――これが、敗退の主な原因であろう。
 結局、担当者がどんなにシッカリしていても、「シッカリしている」程度ではダメで、ダメな子を本当にキチンと育てるには「命令の強制力」が無ければならないのだ。わたしは頷かせることはできても、彼自身が己の甘さを克服することに関しては50%を超えることはなかったことが、敗因である。
 ぼーんちょ同様の知識レヴェルでも命令に忠実な子もいるが、その多くの場合は、「考える」というアクションを知らず、記憶で自動的な動作をする子供である。反射神経と経験の記憶で対応すると言うと解り易いだろうか。こういう子は初見のものへの自らの感情やセンスを自覚しておらず、条件反射的な行動だから、トレーニングはこなせても「自ら頭を遣うこと」をさせるには、困難を極める。逆に、ぼーんちょの場合は素直だが、怠惰さと自分への甘さが強いから、自ら考えることはできても、トレーニングを積ませることが極めて難しい。また、経験が無いから、自力で勉強して単元を進めることはまったくできないのだ(この点は命令に忠実だがダメな子にも言えることだ。単元を自習で進めたと言うが、全然身についていない)。
            ◇
 さて、『ぽてモン奮戦記』は、一旦ここでストップとなります。
 わたしは塾商売の定説に抗することに頑張ってみたのだが、今のところ、めぼしい結果は無かったことになるため、この物語は敗退記録だ。
 しかしながら、数学と英語、保健体育、音楽、理科、国語で、ぼーんちょは50点以上を採ることもあった。普段が40点台ばかりなだけに、これらは彼にとってはマシな成績だったのだろう。また、学校に行くようになったことも、成果といえば成果なのかもしれない。しかしながら、先日3者面談で
「評価で1がついたら、私立高校は受験できない」
と担任教諭から言われて、翌日から完全に学校に通うようになったと、息子の迎えにいらした御父上から耳にした。結局、これだって学校の先生によるものだったから、一体、わたしの努力は何だったのだろうと思わざるを得ない。後悔はしていないが、もう見限ってしまっても問題は無いような気がした。
            ◇
 ぼーんちょには9月の「ほとんど不登校」の発覚以来、ほとほと呆れることばかりだった。それでも、成果を出せるようにしてやろうと努力に努力を重ねてきた。だが、肝心の本人にその気が無い。もちろん彼は否定するのだろうが、彼の行動は「自分の成績を上げるための選択をしてきた」とは評し難いものが多い。
 やっぱり自分次第であって、そう考えると、もし本人たちが性格的にキチンとしているのであれば、塾商売なんか存在できない。それが底辺の塾商売が存在できる一因だろうけれども、もちろん、家庭でそうできなかったものを、わたしのような中途半端な素人講師が週に数度見たところで改善できるわけがないのである。そこに、一般的な認識の誤りがあるから、こんな場末の塾にお金を払う人間が存在するのであろう。よく考えれば、最善の手段がどんなものかは、各個人が知っているハズなのだ。
            ◇
 さて。
 次は、2月の学年末試験がある。
 これで結果を出せた場合のみ、次回を物語る資格があると、己に課すことにしよう。
 物語として面白い結果であれば、中3生になったときに、ぽてちんモンスターでも逆転することがあるという、大いなる前例を伴うオチをつくることが出来るからだ。
 曲がりなりにもタイトルは、『ぽてモン、グッドだぜ!』。
 ハッピーエンドをつくるには、天命も必要なのである。
スポンサーサイト

ぽてモン奮戦記 15

 先日、ぼーんちょの2学期の通知表が返ってきた。
 内申点――5から1までの優劣評価――が記載されている、アレである。
 内申点の評価の仕方は、「相対評価」と「絶対評価」がある。前者は、1から5の各段階の定員がクラスの人数によって決まっている。割合のもっとも高い評価が「3」であり、続いて「2」と「4」、もっとも少ない評価が最悪の「1」と最良の「5」である。だから、もしクラス全員が定期試験で等しく100点を採った場合でも、「1」や「2」の評価の人間が必ずいることになる。一方、後者はクラス全員が100点で提出物もみんな完璧であれば、クラス全員が「5」の評価をもらうことができるシステムである。どちらがより公平でどちらが不平等かは、一概には論じがたい。公平に見える後者の場合、クラス担任教員の胸三寸腹八分の度合いが大きく、中学生の場合はどうしても、男子よりも女子の方が内申点を稼ぎやすい傾向があるからだ。パッと顔を見ても、女の子の方が印象良いことが多いことが一因であろう。
 一昔前の公立中学校は「相対評価」だった。
 現在は、「絶対評価」である。
 ぼーんちょの内申点。中1生の内申点は「3」と「2」しかなく、両者が半々という感じであった。今年から学年度が「前期後期」の2期制から「1学期2学期3学期」の3期制となる。学期ごとに内申評価が通知表に記載され、3学期の学年末試験の後に1年間の内申点が決定する。
 中1生のときの内申点でだいぶ驚いたものだったから、もう驚かされることはないと思っていた…………わけではない。中2生はつい先月まで、学校に半分以上行っていなかったのだから。
 それでも――。それが解っていても、ヒドイとしか言いようのない結果だったのだ。
 絶対評価の時世で「1」が2つ。
 「3」も2つしか無く、後は「2」だった。
 本人に起因するとはいえ、授業外で毎日1時間ずつ手の空いた時間の自習に付き添ってきた者としては、親御さんに申し訳が無いというような結果である。
            ◇
「あれだけやって、全然成績が上がらない」。
 なるほど、中学生の返り咲きは難しいとは、言われたものである。
 小学生のうちに、“最低限”を知りバリバリ勉強する習慣が無く、しかも全然出来ていないまま中学生になってしまうと、「このくらいは出来ていなければならない」というような“一般常識”への認識が無いまま成長期を迎えてしまうため、知識やテクニックや学生としての習慣的な美徳の定着が大幅に遅れ、極めて重篤な状態に陥る。
 こうなってくると、根本的な回復は不可能だ。つまり、テスト範囲が出されたら、その範囲内の単元の「原理や公式の理解」など不可能だという意味だ。理解させないで無理矢理問題パターンごと覚えさせることが、定期試験対策のセオリィとなる。
 これが、塾商売で「ダメな子」に「即得点」を可能にする方法なのである。
 全然わからないんだけど、見たことがあるから、マルをもらえる答えを書ける――。
 ひどいものである。
 頭を単純記憶装置として使うわけで、後々には、本人のためにも世間のためにもならないとすら思える。
 だが、どんな解説をしても、その分野の基本知識を習得済みでいなければ、解説を聴いても理解は困難を極めるし、そもそも、大半の人間は「長い話を聴く」ことに慣れていない。定期試験までの時間は限られていて(夏冬の長期休暇を除けば1、2か月程度のスパン)、その間で、「その子が今までダメだったもの」を回収することはきわめて難しい。
 ――断言口調だが、この塾商売のセオリィらしきものは、ぼーんちょを育ててみて、自ら確認できた。
 余談として。だからこそ、やれ慶應だの早稲田だのの大学生で、
「なんでこんなコトも解らないんだろう?」
と思えるような学生は、意外といる。具体例としては、割合の基本的な使い方とか先進国の各首都とか知らない、超難関大学の学生を見たことがある。これは、小中学生で習う一般常識に欠けているのであろう。彼らを見ていると、私立大学受験とは一般常識が多少無くとも、高等学校のカリキュラムと過去問題を参考にした「キチンとした目標校対策」として勉強すれば、とりあえず合格することができるものなのではないかということが言える気がする。“ビリギャル”の話を読んだことは無いけれど、こうした逆転が可能なのが大学受験で、それを裏付けるように、塾会社の歴戦の正規従業員たちは
「小学校の知識が無いのなら、高校受験でトップ校は無理です。しかし、中高と6年間通塾するのなら、超難関大学や難関大学の合格可能性は出てきます」
とよく口にする。

ぽてモン奮戦記 14

 ぽてちんモンスターCは、いきりたっておたけびをあげた!
 しかし、だれも聞いてはいなかった!
 ぽてちんモンスターCは、しょげてしまった!
          ◇◇◇
 12月現在、ぼーんちょは毎日学校に通っているらしい。
 中1生から10月いっぱいまで、まともに学校に行っていなかったのだ。
 登校拒否児というものは、他にもいる。中3生に1人、在籍している。学校に行かない代わりに、自宅で自ら勉強していたから、他の高校受験生と混じって模擬試験を受けても、決してヒケをとるような出来映えではなかった。
 ぼーんちょは中2生だ。受験勉強中の身ではない。
 学校を行っていないことを知ったとき、わたしは戦慄した。
 彼は一体、学校に行かずに、1日家の中で、何をしていたのか――。
 どう想像しても、殊勝な行動があったように思えないのだ。
 日中は惰眠を貪る。それで誰もが寝静まった夜中の自宅で自由な生活を送る。
 深夜アニメをすべてチェックしていること。ゲームの話題もついていけること。
 アニメは1枠30分だと考えても、毎日数本観られるほど、中学生は時間をとれるものとは思えない。
 親は一体何を考えているのだろうと思って、実に肚が立ったものである。
            ◇
 「国民の3大義務」とはいっても結局、納税の義務だけが目的だと思うことがある。
 勤労の義務は、納税のため。
 子女に教育を受けさせる義務は、勤労可能な人材生成のため。
 つまり、扶養下で納税を免除されていても「学生」として身分が保障されている者の義務とは、通学して勉学に勤しむことであろう。勤労の代わりに、勤勉たれ。
「わたしが言ってもきかないんです~」
「理解できるように、わかる言葉でゆっくりと説明してあげるんです。『こうしたら?』とか『ああしなさい』というときには、納得のいくように説得することが、(ぼーんちょ)くんを動かす鍵です。(ぼーんちょ)くんは、解れば素直に動いてくれますよ?」
「説得? わたしじゃ無理だわ。。。」
 これは、母親の弁だ。暴力を振るうことにも躊躇いがあるという。しかし、わたしが、
「説得して解ったのに、それでも動いてくれないのであれば、最後は実力行使になるかと思います」
と電話口で申したところ、母親氏は
「是非そうしてください。よろしくお願いします!!」
と、嬉々としてわたしの力強い“実力行使”に許可を出していたわけである。
(今のところ、ぼーんちょにわたしが暴力を振るったことは1度も無い。暴力を背景に恐喝したことだってない。ぼーんちょは素直ではある。理解できれば聞いてくれるのだ)
 きっと、この母上はオトコノコというイキモノを、どう扱うべきか、最初から失敗していたのかもしれない。自分が何を言っても子供を動かすことができず、旦那は放任主義、自分では暴力を以て脅かして動かすこともできない。きっと、途方に暮れていたのだろうと、この嬉々とした語調から感じた。
            ◇
 それでも――。
 子育てをする親なら、「できなーい」では済まされない問題があるのだと思う。
 子供が全然指示に従ってくれないのであれば、最終手段は暴力行使もせねばならないだろうし、そもそも、感情と思いつきで相手をしてはいけないのが、子供なのだ。向き合うときは慎重に、そして話すことは必ず「解るように」、話してあげなければならない。
 親の「他人に対する気遣いのレヴェル」がよく顕れるのが、子供への教育なのだと、わたしは考えている。日常生活でもっとも頭を遣うときとは、他人を気遣うときであると考えるからだ。単に、お勉強がデキれば頭が良いという意味ではない。真の道徳は、記憶や経験で実行するものではないし、茶道なんかでも「相手に気が付かれないように、気を遣ったもてなしをする」という考え方があるのではなかろうか。
(だからこそ、接客業とはアルバイトがマニュアルの記憶による中途半端な仕事でやるべきではない、とすら思っているくらい)
            ◇
 “教育”というものは、一族単位のものになりやすいと思われる。親の人間性や教養のレヴェルが、大きく子供に影響するものだから。1代で家柄のランクを大幅に上げた傑物でもない限り、身分や階級の大変動はなかなか無いのも、世間の常だ。
宗族の教育――原初の「宗教」とは、そういうものではないかと、想像をめぐらせることがある。宗教とは決して、イカガワシイものではなかったハズだと。
            ◇
 学校に行く行かないを始め、最低限の勉強もせずにフラフラしているなど、どうしてもいうコトを聞かせられないのであれば、親の方も手段を選んではいけないのだ。
 言葉が通じない。
 物理的なチカラを行使することもダメ。
 そうなら、子供が義務を果たしていないのだから、親の方も義務を果たさないという選択肢だってあるのだ。働かざる者、食うべからず。それくらいの毅然とした態度をとる。
 子育てだって、命懸けだ。そうあるべきである。子供を育てるのに大変なのは経済だけではない。子孫を残す行動だって、本来は同じくらい大変であるべきだと思う。
 考えてみれば、自然界で動物が他の動物に触れる機会とは、「食うとき」か「交尾をするとき」か「食われるとき」くらいではないか。どれも命が関わっている。
 或る程度優秀な子孫をつくりたいなら、尚更であろう。

ぽてモン奮戦記 13

 ぽてちんモンスターは、ようすをみている。
          ◇◇◇
「学校に行くようになったって言っても、1週間の半分に満たないでしょ」
 その日は、諸魔嗤うハロゥウィーン。
 さて――。
 ぼーんちょが抱えていた大問題とは、いわゆる“不登校”だったのだ。
            ◇
 9月に入ったばかりのことだった。
 ぼーんちょがほとんど学校に行っていなかったことを、わたしが知ったのは偶然だった。切欠は覚えていないが恐らく、保護者との電話でのやり取りや塾長の雑談の傍聞きによるものであろう。
 その後の親御さんとの電話で、中1生の間はほとんど学校に行っていなかったことも、確認した。
 そして、中2生現在。
 夏休み前もまったくと言って良いほど、学校に行っていなかったらしい。
 驚いたものの、それまでの彼の不自然さが納得できて、妙な感慨すら得たものだった。
            ◇
 ぼーんちょは、わたしが私生活に関わることを微妙に嫌がったものだが、それでも説得を続けた。なんと言ったのか覚えていないのだが、ただ、少しずつ、学校に行くようにはなっっていった。
 9月で、平日5日の内、2日だけ行くようになった。
 10月には、遅刻と早退を繰り返すものの、週で3日から4日を出席し、クラス担任から「学校に来ようとしている意志が覗える」とのコメントまでもらえて、親御さんはお喜びであった。
 11月下旬。遅刻と早退を繰り返しているものの、完全な欠席をすることが無くなってきたようだ。
「うちの息子が、学校に行くようになった!」
 親御さんが、驚き喜んでおられた。
 なぜ学校に行くようになったかはわからないが、少なくとも、わたしの説得する話を聴いて理解するだけの能力と素直さを、彼は持っていたことだけは間違いない。
「出席が3分の2に満たないようなら、内申点3はつかない」
 実際はわからない。これはネットから仕入れた知識なのか、喫茶店で誰かが喋っている言葉を傍聞きして得た知識なのか、も覚えていない。ゆえに、正しい情報かは甚だしく怪しい。
 とはいえ、大学ですらテストで得点するだけではなく、授業での出席数を単位取得の条件にすることも少なくない世の中である。
 なぜ、学校に行かなくなったのか。彼の持つ障害が、問題だったのかは定かではない。
 ぼーんちょの腐り具合にはほとほと呆れたものだったが、12月中旬では普通に学校に行くようになってきた。
            ◇
 塾長が冬期講習の予定について喋っていた当時の記録に戻る。
 その直後の11月中旬で、またも問題が発生した。
 2学期期末試験が、あったのである。

ぽてモン奮戦記 12

 ぽてちんモンスターBは、大きく息を吸い込んだ。
 しかし、ムセてしまった!
 ぽてちんモンスターBは、チカラをためそこねた!
          ◇◇◇
 テスト範囲が僅かながらとはいえ、変更されていたのである。
 ぼーんちょは、テスト範囲が変更されていることを知らなかったのだ。
 テスト範囲の変更は、この地域の中学校では日常茶飯事なのだ。県下の低学力地帯と言われるだけあって、カリキュラムを予定通りに進めること自体が、そもそも稀なのである。だから、何も驚くことは無かったし、むしろ、テスト範囲の変更が無かったかをテスト習慣に確認するように言うべきだったと、わたしが反省してしまうくらいだった。
 テスト範囲の変更が発表された日に、ぼーんちょは学校を休んでいたのである。
             ◇
 中1生のカリキュラムの半分を、しかも演習にて、1週間でナントカした。
 その上、テスト範囲のワークブックを6周以上やって、ワークブックがそのまま出ていれば、8割以上を自力のみで埋められる状態にもなった。
 普通に予想しても、60点はとれるものではなかろうか。
 だが、これほどヒドい結果になってしまうとは、どうしたことだろう。
 このぼーんちょの実力で出来る範囲のことは、恐らくすべてやれたハズである。
 これ以上になってくると、文字通り「限界を超える」しか、成績向上はあり得ない。
「でも、平均点は低かったんですよ」
 わたしの狂態を理解できなさそうな表情で、ぼーんちょが言うには、平均点は50点前半であった。もちろん、彼は火に油を注いでいることに、気が付いていなかった。
「あれだけの訓練を積んで、怒りや悔しさのようなものを、おまえは感じないのか……?」
 ぼーんちょは平均点にも満たなかったことが判ったのだから、わたしは火でも噴きそうな勢いで「あんたの学校の英語のテストはイカレている!」と暴言すら吐く始末であった。
 尚、この間、わたしの狂態に怯んだぼーんちょは、及び腰で机に向かっていた。
            ◇
「(ぼーんちょ)の冬期講習の予定なんだけどね、」
 時はもう12月が迫る10月の最終日、塾長が口を開いた。
「今回は、あまり授業コマ数を提案していないんだ。俺が動いても人手が足りなさ過ぎる。それに中学受験生は今のところ、先生がいれば全員ナントカ回せるでしょ」
 商業優先策のこの人にしては、なかなか驚くべきことを言っていた。
 だが、もっと驚いたのは、その後の言葉だ。
「いや、(ぼーんちょ)の家はサ、提案通りに授業コマをとってくれるんだけど、全然成績上がる感じがしないじゃん?」
 また嫌味かと思っていたが、驚いたのはこの後の言葉である。
「あれだけやって全然ダメだから、授業コマ増加の提案がしにくくてさ、」
 この塾長が、“あれだけやって”と言った。
 勉強の質と量、そしてわたしがやっていたことは一通り認めていることが解って、少し驚いたのである。とはいえども、本人にイヤミの心算は無いのかはわからない。
 ただ、歴戦の塾講師が、“あれだけやってダメだ”と諦めそうになるくらい、努力をしていることを、そう言われてみて初めて自覚した。個人的には、「まだまだだ!」とすら思っていたからだ。
 だから驚いたものの、すこしばかりホッとしたものだった。
 ただ、困ったことに、同時に疲れも感じたものだった。あれだけわたしに対してシヴィアな評価しか下さないこのプロフェッショナルが、やった量を認めたことにより、このくらいやれば普通なら成績向上がかなりの確率であることを、わたしは悟ったからだった。
 それくらいの心血を、無償で注いできたのかと思ったら、疲れたのである。
 それで結果が出ないとは――。
 ぼーんちょとは、それこそ文字通り、魂消たデキの悪さであったのだ。
 そして、微妙に褒められたような気分を感じてすらいたわたしは、更に驚いたのである。
「学校だって、行くようになったって言っても、1週間の半分も行ってないでしょ」