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ローリン・ダイニング!!

Rowlin’Dining! すべての作品は、新作の材料だ!
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 騎士マルタ ⑬

 試験対策は、この程度しか出来なかったわけである。公立一貫校の過去問題から算数系の問題を引っ張ってきて練習させようとも考えたが、類題として似ているとはまったく言えず、数も多くない上に、引用するには手間ばかりかかり能率は上がらなかったのだ。
            ◇
 12月が終わり、冬期休暇が終わると、モル坊のお母上が質問をしてきた。
 このページに以前記事として張り出したかもしれないが、
「1月の中旬以降は、学校を休んで受験勉強をさせたいと思う。小学校を休ませるべきか、考えを聞かせてください」
と、手紙をもらった。逡巡したが、教室の大半の中学受験生がそうなった。
 モル坊も呼び、勉強会を開催することにした。
 尚、この勉強会には有志が参加してきた。直接の教え子でない者が2人も来たことは感慨深い。
            ◇
 いつも通りの練習しかできないまま、最後の時間は過ぎていった。
 テキストの問題は解けても、初見となれば、小学生の場合は特にチカラを発揮することが出来ないことが多い。テキストと同じ問題でも、初見のテストの中にあれば、その練習した問題を見つけていつもの手段で解くことが出来る子供と言うのは、中学生でも多くない事実がある。
 初見問題の中で、自力で解けるもの検索する能力は、模試を経験してきた数に比例する。模試経験を積む以外にもトレーニングの仕方はあるが、モル坊の場合、基礎学力の研磨による標準問題での得点確率アップが最優先事項だった。
 解るものでも得点できなかったのだから。
 問題を読み、自力で訊かれていることを理解して、それに合う答えを用意するといった一連の作業に慣れていなかったのだから、よくあるお決まりの問題パターンを地道に練習していくことが、必要だったのだ。
 だが、それだけで終わってしまった。
 見覚えのあるパターンなら、まず間違えないだろうが、初見問題の耐性はどれほどのものかは、モル坊の基本能力を信じるしかなかったのだ。
 11月の公立一貫校模試のときのように、解けるものを確実に解くことが板についていなければ、0点だって充分にあり得るのである。
            ◇
 小学校内の勉強の範囲であれば、標準模試レヴェルであっても算数ならまず、問題無く高得点がとれる。これは立派だった。
 だが、培ってきた知識やセンスを、過去問題でその形式やパターンに馴化させることが出来なかった。目標校の算数は、独特で難しいことが推測される。
 目標校の算数は独特であるものの、国語は普通だと思われた。限られた過去問題で見る限り、テキストで見かけるようなタイプばかりだから、普通に鍛えていければ良かったのだ。
 だが、モル坊は、国語はあまり強くない。
 「算数」偏重型の現場監督だから、国語の授業をつくることをあまり積極的に考えない。そもそも公立一貫校対策の名義だから、授業コマに「国語」と銘打たれることが全くなかった。また、算数をここまでのレヴェルに出来た反面で、それだけの時間を費やしたということでもある。国語は自習でもやらせてきたがやはり、付き添って勉強する方が最も効率が良かった。
 結局埒が明かないので、12月と1月の授業の半分をわたしの独断で国語にしたようなものだった。B5紙半分程度の長文読解(中学受験向けテキストで小4レヴェル)ですら、満点がとれなかった。ヒドイ得点ではないものの、とても試験問題規模の長文読解を戦い得るだけの実力を磨くための練習まで漕ぎ着けられなかったのである。
            ◇
 国語がもっと普通に出来ていれば、確実な得点に出来たかもしれなかった……!
 算数は場合によっては序盤の計算問題しか正解できないし、このレヴェルの受験生たちはみんな同じような得点であろう。となると、計算問題同様の基本的なもので確実に解けるもので得点していかねばならないことになる。国語は得点すべき箇所が多く取れると思えてならなかっただけに、悔いが残ったものだった。
 競争率が上がらないことを祈るしかないわたしに、
「あれだけ俺たちの邪魔をしたんだから、(モル坊)は受かんなきゃダメでしょ」
教え子その④が軽口を叩いてきた。
 彼はこれでも応援しているのだ。「受かるだろう」と言いたいのだろうが、彼もそうは思えないから、こんなヒネクレた言い方をして笑うのである。本心が見えてしまうだけに、心苦しいものである。
           ◇
 2月8日頃だったか。合格発表があった。
 試験日の応援で会うことが出来なかったから、見に行こうかと思っていた。合格だったときのお母上の反応を見たかったのもある。12月の模試結果の喜び方が面白かったから。
 インターネット上に発表されず、学校の掲示版に直接張り出されるのみの合格発表だった。9時からの15分間のみの公開で、9時15分から入学に関わる説明が始まるスケジュールだった。
 とはいえ、結局行かなかった。
 何が恐ろしいかといえば、不合格だった場合である。合格者が講堂に入っていく中をすごすごと帰るわけで、その帰り道が気まずいのだ。駅までの道のりで何を話せばよいのか、寝不足ストレス過多の頭では考えられなかったのだ。
            ◇
 空虚な気分で、いつも通り職場に出勤すると、
「(モル坊)の結果、聞いた?」
 S中学の中3生がイキナリ訊いてきた。ノッポの秀才で、飄々と図太い台詞を吐く。「ヨユー」と「オレすごくない?」は彼の専売文句として定着していた。
 そんな男が、語調を妙にわきわきさせているように聞こえたことに違和感があったものだったが、果たして、その感覚は間違いではなかった。
「(モル坊)、受かったって。すごくない?」
 その後、教え子その④が「おれは(モル坊)落ちるかと思っていた!」と驚きの声を上げていた。
            ◇
 公立一貫校受験者は、4名いた。すべて、不合格だった。
 わたしの手許に、モル坊を除いて1人。この彼と。
 他で、3人。この中の1人――現場監督の右腕講師が担当していた――が、今回合格可能性が最も期待されていた。
 かくして、今回の中学受験はモル坊の1人勝ちとなり、わたしは勝ち越し将軍になったわけだが、あまり良い気分になれなかったことは既に何度か書いたので割愛する。
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 騎士マルタ ⑫

 モル坊は「この12月で最も成長した生徒」と認められ、講師たちや同じ中学受験生たち、加えてわたしが受け持つS中学の3年生(この高校受験組の上位集団)たちから、明らかな名声を得ることになった。
            ◇
 勉強をさせるにも無駄が多く、しかも落ち着きが無くて机に向かってもすぐに立ち歩く。
 その上、机に向かうことが出来ても、新しい単元はともかく、国語と算数以外の科目は基本的なことでも、自力で学んでいくことが出来ない――。
 随分と悩まされたものだったが、年末の急成長は目を見張るものがあったわけである。
 目標校の合格を獲れるのではと、現場監督の目からも、遂に期待がかかった。
 成長が顕著なモル坊だったが、懸念が無かったわけではなかった。
            ◇
 困ったことに、目標の国立中学の過去問題が、使えなかった。
 実は、当時志望者がいなかったにも関わらず、昨年の3月の段階でわたしは、その国立中学の過去問題集を中古で購入していた。先見の明というものである。
 だが、実は、その国立中学自体がここ数年の入試問題を非公開としてきていたことが、判った。
 数年前の過去問題が4年分あったものの、算数は計算問題こそあるものの、変則的なもので私立中学では見かけないような問題ばかりが、犇めいていた。偏差値60半ばの私立校で見られるような難問も少なくない。しかも、模範解答には明らかな誤答があったわけである。半分の得点を確実に取れるかの勝負だが、3分の1も得点できない危険が常について回る。実際に解いてみて、モル坊の独力では3分の1もいかないことの方が多かった。
 国語の過去問題も、酷かった。
 こちらは恐らく通常の問題だと思われるのだが、収録されている最古年度の過去問題以外はすべて、著作権に関わる許可が取れなかったらしく、読解長文が掲載されていないのだ。つまり、ほとんどが使用不能ということである。
            ◇
 仕方が無いので、最新の過去問題を書店でチェックしたところ、改訂版が出ていた。
 少しホッとして、手に取って改めてみたところ――。
 なんと、中身はわたしが先んじて入手していたものと何ら変わらず、誤答箇所の訂正も為されていなかった。
 これは詐欺というものであろうか。
 この学校を第1志望にする子供自体が、稀であるということか。所詮は、併設高校の無い中学受験である。3年後には高校受験をせねばならない為に、一般世間はメリットを感じないのかもしれない。
 いや、目標の公立一貫校の競争率は高く、まず合格は勝ち得ないこと。そして、そこを志願する家庭は私立校の併願をしないことが多いことを考えれば、高校受験も充分視野に入れている筈だ。
 なぜ、この国立中学は、これほど軽視されてしまうのか。その理由の1つをまた推測する。この学校のある辺り一帯は、低学力地帯ではない。むしろ、この県下では高学力地帯である。A校B校と2つの公立一貫校にはさまれている、わたしの職場の縄張りが低学力地帯なのだ。それも県下最低ランクの低学力地帯だから、中学校の采配もよろしくない。
 この国立中学を志望することにメリットを感じ得るのはきっと、この地域の公立一貫校志願の中学受験生だ。また、高校受験の塾会社は、学校生活についてなんら関与しない。内申点対策を正確に執り行えているところは無いと言っても過言にならないのだ。
 高校受験を食い物にしている塾会社各社は定期試験対策をよく謳うが、そのテスト範囲の単元を、塾会社独特のテキストから引いて授業を行うだけなのだ。提出物についてコマメにチェックして、学校指定のワークブックや学校で配布されたプリントを定期試験対策として指導している塾会社は非常に少ないと思われるし、きっとその推測は間違っていない。
 頭がホントに良いのであれば、塾講師なんかやらないのだ。だから、学校の勉強がよく出来るようになっただけのボンクラが、塾会社の正規従業員には多いのであろう。仕事のデキる人間がこの低学力地帯で塾をやったら、1人勝ちできるに違いないと思う。
            ◇
 閑話休題。
 つまり、この地域で公立一貫校の入学可能性が低いと判断出来てしまった場合には、私立中学校へ通学する以外に選択肢が無いのだ。しかし、私立校は学費が高いので、断念することになる。また、子供の教育についてシッカリ監督できている家庭であれば、そもそもこの中学受験での勝算や見込みを持っているし、失敗してもどうやって高校受験で挽回するかを知っているので、地元の阿呆中学に通学しても問題は無い。内申点さえもらえれば、あとは当人たちが学校の勉強は高校入試で宛てにならず、従ってプラスアルファの学習に気を付けていけば良いのだ。
 問題は、そうしたことについて正確とは言えない家庭の場合である。
 この地域のそういう家庭である場合に、この国立中学の存在価値は出てくるのだ。逆に、そうした背景でも無ければ、この国立中学の需要理由は今のところ、納得のいく説明がつけられない。
 今はまだ、競争率は低い。
 この国立中学の志願者が増えて競争率が上がることがあるとすれば、きっとこうした地域の特性が背景にある。競争率が上がったときは、こうしたことに気が付いたものが、この国立中学をオススメするようになってきたという証拠になろう。
 未来への予言ではないが、こうしたこともあり得ると踏んで注意を張って、ノウハウをつくっておけば、商売としてはマイナスには絶対にならない賭けとなる。
            ◇
 過去問題は、使えない。
 算数の中学受験基本問題をバキバキ解くトレーニングに慣れてきた。1行程度の問題文の、いわゆる「小問」はまず不正解にならないよう、練習を続けさせ。不安材料の1つである国語は、テキストの短めの読解問題(問題文はB5紙半分適度の規模)で基礎力を研磨することに努めた。
 試験対策は、この程度しか出来なかったわけである。公立一貫校の過去問題から算数系の問題を引っ張ってきて練習させようとも考えたが、類題として似ているとはまったく言えず、数も多くない上に、引用するには手間ばかりかかり能率は上がらなかったのだ。

 騎士マルタ ⑪

 さて。モル坊は4月の段階で、40点も取れなかったわけである。
「この模試過去問題によるテストで、80点取れなければ、受験自体を断念することを提案するものとする。80点取れなければ、中学受験を中止するということだ!」
 国立中学に志望先を変更させ、もはや、モル坊に関しては親御さんの公認で全権を委任されている感じですらあったから、こうした強い発言も信に足るものになった。
 モル坊の眼の色が変わった。
           ◇
「中学受験することは予定になかったんです」
 2月末にモル坊の母上と再び話す機会を得た。これはそのときの証言である。
「地元のH中学の話をしたときに――H中学って、評判あまり良くないでしょ? H中学の不良の噂をしたときに、うちの(モル坊)、恐れを為しちゃって。『地元の中学に行きたくない』って言い出したことが切欠です」
 H中学とS中学の学区の境界だったから、S中学に進学することもできた。だから、中学受験を失敗した場合、S中学に通うことに決めていたのだそう。
「S中学も選べるけれど、それ以外には中学受験をする外無いねっていう話をしたら、うちのこの子、『じゃあ、おれ中学受験する』って自分から言い出したんです。今まで自ら勉強することもなかったし、小学校の内容のフォローのために塾に通うかって話をすると『イヤだ』って断固拒否していたんです。中学受験をするなら、塾に通って勉強するがあるよって言ったら考え直すかと思っていたら、『おれ、塾に通って勉強する』って自分から言ったんです。驚いちゃった。それじゃあ、試しにやってみようかって、塾探しをしていたところで、あの塾(わたしの教室)で体験授業を受けていたときは他で2つの塾を候補に挙げていたところでした」
 驚くべきことは、モル坊はなんと、自分から中学受験をしたいと思い立ったことである。
 塾で勉強させられることを嫌がっていた子供が、必要を感じて自ら塾通いをする方向に傾いたことに、嘆息した。自分のことを自分で判断することのできる子供だったのだ。
            ◇
 さて、12月末の標準模試の過去問題によるテストである。
 もちろん、漠然と実施をするのではない。
 試験範囲を2週間キチンと勉強した上で臨むのである。
 モル坊はノートこそとることが無かったものの、学んだものを着実にものにしていった。
 もし本当に80点をとれなかったときの救済措置をつくるために、予定より3日早く、テストを行ってみた。80点に届かなかった場合、残りの3日で不足する得点分を、回復するためである。
 杞憂だった。モル坊は算数で、80点台後半を得点した。
 国語は80点きっかりだったが、殆どやっていなかった(12月の中旬からだった)わりには、実に良い成績であった。
 この結果は、12月に結果が返ってきた公立一貫校受験の模試以上に、現場監督を驚かせた。
「やっぱり賢い子だったんだ…………!」
 現場監督のモル坊を見る目が、明らかに変わった。
 「話していて頭が悪い印象は無い」とは以前から現場監督も評していた。しかし、如何せん、モル坊のテストの得点は悪かったから、どんな学校を受験しても期待値を感じられないというのが、現場監督のモル坊の印象だったのだ。
「(国立中学)、受かるかもね」
 まったく調子の良いことを、と思いつつも、モル坊が見直されたことは素直に嬉しかった。
 その後1月、冬期休暇が終わるころに、もう1度テストを課した。
 もちろん、標準模試である。
 算数は90点を突破し、国語は70点台だった。
 2科の総合得点から見れば、休暇中で大きな成長は無かったように思えてしまう。
 だが、標準模試の算数で90点をとることが出来るのは、私立中学受験生の模試で偏差値55をとることを可能にする子という認識がある。
 モル坊は「この12月で最も成長した生徒」と認められ、講師たちや同じ中学受験生たち、加えてわたしが受け持つS中学の3年生(この高校受験組の上位集団)たちから、明らかな名声を得ることになった。

 騎士マルタ ⑩

 そうして至った、11月――。
 モル坊の自習の様子が、明らかに変わったのである。
            ◇
 自ら、新しい単元を学習していくことは、出来ない。
 これは、変わらなかった。
 但し、1度説明されたものは、実にすんなりと頭に入っていった。まるで、スポンジが水を吸うような感じである。中学受験四則混合計算、複雑な図形の面積、鶴亀算などの特殊な文章題の基本各種、体積などの単位換算、速さの計算……。
 モル坊が、やはり頭の良い子であることが、実によくわかった。
 元々から頭を使うことが出来ている。但し、入っている知識が少ない。社会(地理歴史公民)の単語や漢字の読み書きなどに不安がある。だが、入っているものが少ないから、すごい勢いで知識を吸収できるのだ。それは特に「苦手ではない」と認識した算数に於いて、顕著であった。
 解法を「なるほど!」と理解できれば、それを自らの論理で再構成することが容易く、しかも、その場だけでなく、数日後にもちゃんと解けるようになっているのである。
 奇跡的なくらい、よく出来ていた。
            ◇
 10月末の母上との会談で志望校を「併設高校の無い国立中学」に決めた当初は、モル坊も元の志望校に未練があった。だが、11月を通して、その姿勢が本格化したのだ。
 11月中旬に、公立一貫校受験の模試があった。
「今までと同じように、あまり出来た感じがしなかった」
 受験後に、冴えない表情を見せていたが、これも追い風になった。不可能でない算数課題を毎度取りに来るようにして、それを着実に片付ける自習の習慣が、出来上がってきた。わたしも授業がめいっぱいで首が回らなかったものだったが、モル坊の提出してきた課題はナントカして(どうやったのか、今から思えば不思議です)マルつけをし、バツを授業で扱うようにしていくようになってきた。
            ◇
「(公立一貫校受験の模試)が返ってきたよ」
 12月も半ばに差し掛かりつつあった或る日のこと。現場監督が声をかけてきた。
「(モル坊)は今回よく頑張ったね」
 今まで偏差値30台だった模試である。その度に報告がつらかった記憶がある。さすがにモル坊を怒ることはなかったものの、お母上は「やっぱりキビシイなぁ」という表情をされるのである。目に見えてがっかりする母上とモル坊(ただ、モル坊はなぜか妙な能天気さも持っているので母上と対照的だった)に、前向きな発言をナントカするのがわたしの習慣となっていた。
 見ると、偏差値が53とついていた。
 検査Ⅰと検査Ⅱがあって、偏差値は53と46だった。
 片方は偏差値50に乗らなかったものの、大躍進と言える出来映えであった。
「これなら(B校)受験の土俵に上がれるね」
 クールを装う現場監督だったが、やはり内心はほくほくなのだ。
 B校とは、公立一貫校である。但し、この辺りは公立一貫校Aの方が近い。B校も通えるが通学時間がA校と倍近く変わる。だが、偏差値はA校より低めである。現場監督もその経験上ではB校の合格者は見たことがあるらしい。
 良い結果に喜ぶ現場監督と対照的に、わたしは落ち着いていた。
「いえ、(B校)は受験しません。(国立中学)に的を絞ります」
 ここで初めて、現場監督に目標校を宣言したのである。
            ◇
「やったぁ!」
 モル坊は「おぉー、すげぇー」と控えめ且つ他人事のような感想だったのに対して、母上の反応が顕著だった。喜びのあまり、小さく跳ねられていた。
 余談だが、こうした親御さんの様子を見て、思うものがあった。
「自分の子供が良い出来で、その成功を自分のことのように素直に喜べる親を持つと、きっと子供は幸せになれるのかもしれない」
 やることすることについて、応援をされたことのない身の上から見ると、モル坊の母上は可愛らしくさえ見えたし、良いお母さんなんだなぁと思った。「良い母親」というものがどんなものを指すのかはきっとわからないけれど。
 お母上が喜ぶ様子を見て、漸くわたしも少しホッとしたものであった。
            ◇
 ここで、またモル坊は「B校を受験したい」と言い始めていた。
 やはり、中高一貫校の魅力は大きいのだ。
 いくら一生懸命やっても、元々視野にすら入れていなかった学校が目標であるから、イマイチ実感が湧かないのも大きいのかもしれない。説明会も行っていないのだ。
 また、どんな学校か、建物すら見に行っていないばかりか、そのホームページも見ていないのだ。
 もちろん、いくらモル坊がゴネたところで、B校を目標校にするつもりはなかった。全然そのつもりが無かったと断言するとウソが混じるが、天変地異クラスの急激な成長を認められるのであれば、勝算の可能性が僅かでも残っているのであれば、やはりB校受験をさせてあげたいと思ってしまうのは、わたしの甘さなのかもしれない。
 それとは裏腹に、母上はオトコマエだった。
「A校の願書? お母さんが破って捨ててたよ?」
 1月初旬、B校の願書が残してあるかを確認したときのことだった。辛うじて、B校の願書は残されていた。
 ただ、モル坊のあっけらかんとした言葉に、ずっこけてしまった。
 A校を受験できないとどこかで理解はしていても、わたしなら絶対にそんなことは出来なかっただろう。万に1つのときのために、最後の最後まで隠し持っている気がした。そればかりか、思い出の品にすらしたかもしれない。
 母上の潔さに、舌を巻いたものである。
            ◇
 閑話休題。
 ただ、それを機に12月の冬期休暇前に、モル坊はダレ始めた。
 しかしながら、このときにかけた脅しも、効を奏した。
 冬期休暇に入る直前に、「12月末日に、小学校標準レヴェルの模試の過去問題でテストする」ことを、母上の前でモル坊に説いた。
 この教室では小学生対象の模試(模擬試験)は、3種類ある。
 公立一貫校受験の模試。
 私立中学受験の模試。
 非受験小学生の標準学力測定のための模試(以下「標準模試」と記す)。
 「標準模試」といえども、小6生の平均点は8割ではない。50点から60点程度である。70点取れば、偏差値55くらいまでつく。中学受験で或る程度の結果を残したければ、この標準模試で8割を超えることが登竜門となるのだ。
 さて。モル坊は4月の段階で、40点も取れなかったわけである。
「この模試過去問題によるテストで、80点取れなければ、受験自体を断念することを提案するものとする。80点取れなければ、中学受験を中止するということだ!」
 国立中学に志望先を変更させ、もはや、モル坊に関しては親御さんの公認で全権を委任されている感じですらあったから、こうした強い発言も信に足るものになった。
 モル坊の眼の色が変わった。

 騎士マルタ ⑨

 モル坊は結局、授業以外の自習時間を効率よく過ごせていないのだ。練習の仕方や勉強の仕方をよく教え込み、指示したものだが、1人で着実に進めることが困難だった。わからなければ「う~ん」とずーっと悩み、それで「解らないものは飛ばして進める」と言えば、ほとんどを飛ばす。また、解説箇所を読めば、読んだ箇所全部にラインマーカーを引っ張って塗りつぶし、結局、練習問題を見ても、解説箇所のどこを参考にすれば良いのか、解らない。もちろん、わたしもコマメだから口先で指示しただけにとどまらない。すべて具体的にやって見せたのだ。放課後や手の空いた時間、そして非番の土曜日などにも1つ1つやって、勉強の仕方を身につけてもらおうとしていたが、それでも数か月程度で小学生が自力で学習する行動を会得することは、難しかった。
            ◇
 モル坊は8月に、塾会社の「合宿講習」の講座をとって小旅行をしてきた。それで少しは勉強する習慣が身についたもので、9月中は自習時間の効率が以前よりも高かった。
 しかし、10月になるにつれ、段々と元に戻っていった。10分毎に立って、授業を行っているこちらに顔を出してきた。何か喋りたくて仕方がないのだ。
 しまいには「授業妨害だ!」と、教え子その④がクレームをかけてくるようになってきた。
            ◇
 このときを、待っていた。
 教え子その④には悪かったけれども、誰かが文句を言うときを待っていたのだ。
 モル坊が来ても、わたしはモル坊に注意をしなかった。
 いや。そもそも、始めから「授業の邪魔をしてはいけない」などと説いておくことが普通なのだが、それすらも行っていない。だから、教え子その④が怒るのだ。
 だが、これをよく見据えての行動だった。
 モル坊に「自分の行動が悪かったんだ」ということを、ハッキリ理解してもらうことが、わたしの狙いだった。
 子供は止められたことについてその理由は解るのだろうが、「なんとなく解る」に過ぎない。なぜダメなのかのリアルな想像が出来ていないと、経験から推測していた。子供に予防として口先で釘を刺していても、数日後には元通りになる。
 相手が怒ったり実際に誰かが迷惑を被ったりする様子を経験できれば、自分の行動が迷惑だったことを自覚できると、わたしは考えたわけである。その行動の是非を、その都度自分で考えられるようになってもらうことを、狙っているのだ。
            ◇
 果たして、その通りになった。
 教え子その④がわたしに怒っている様子を見て、その上でわたしがモル坊に穏やかに頼むことによって、モル坊の自習中の立ち歩きが減ったのである。つまり、モル坊が授業中に声をかけてくる機会は、3回以内に留めることに成功した。
 そんな流れの中、時は10月後半に差し掛かっていたのである。
 10月の後半――モル坊のお母上と志望校を変更した、例の会談である。
 母子の2人暮らしをしてきた経歴があるから、1人っ子のように「年齢のわりにはシッカリしたところを持っている性質」を、充分に利用することが出来た。
 そうして至った、11月――。
 モル坊の自習の様子が、明らかに変わったのである。