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ローリン・ダイニング!!

Rowlin’Dining! すべての作品は、新作の材料だ!
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インタヴュー・ウィズ・キマイラ(下)

            ◇
 ――愚にもつかないな。
 わたしは立ち上がって、決然と言った。
「きみは普通の人間だ。知識も教養も人並み以上にあるし、なによりこうして会話が成立するじゃないか。バケモノに身をやつして生きるなんて、馬鹿げてはいないか」
 もう充分だ。人生の敗者の愚痴は。
 檻の中で、闇が少し、揺れていた。彼の顔は再び暗がりの中へ入っていた。
「最後に見せてくれ。きみみたいなものが、見世物として成立する具体的な理由を」
 そのとき、彼の手許にあった襤褸が、突然こちらに飛んできた。
 それから間髪入れずに、耳を劈くような金属質の大きな音がして、わたしは思わず両手で顔面をかばって、一瞬だけ目を閉じた。ものすごく硬いものを、ハンマーで力任せに叩いたかのような振動が、脳天に響いたのである。
 そして、掲げた腕の向こうを見た。
 ヒトの腕ほどもある巨大な牙が二本、左右から檻の格子を挟んでいるのを。
 檻の中いっぱいに膨れ上がった蜈蚣の頭が、鉄格子を食い破ろうとぶるぶる震えているのを。
 そのとき、小屋の天井のアセチレン・ランプの火が揺れた。一瞬の暗がりがあってから、視界が元に戻る。檻を内側から圧迫するほどの巨大な蜈蚣はもうそこには居らず、頭でっかちの毛むくじゃらの少年が、インタヴューの時と同じ姿勢で座っていた。目が合うと、インタヴューはここまでだと制止する目を、彼はしていた。
            ◇
 わたしが二の句を継がぬうちに、彼はもう用は済んだと言わんばかりに、再び襤褸の中に頭を突っ込んでいた。
 突拍子の無い暴力を前に、わたしは後ろに積まれていた木箱に背中をぶつけて、軽く尻もちをついていた。
 動悸を抑えようとして、深呼吸をする。頭皮で汗が滲んできた。
 わたしたちは無言だったが、退出することにした。
 襤褸に頭を突っ込んでいる彼の、白い背中が見えた。「もういい」と投げ出して不貞寝をしている子供のようにも見えた。
 わたしは、そっと立ち上がる。
 彼はなぜ、自分を奴隷のように見世物小屋へ、売ったのか。
            ◇
 止まらない表現への衝動、だろうか。
 彼が何を表現したいのかまでは、解らない。だが終始、声を荒げることも無く、訥々と語る彼からは、確かに感じるものがあった。
 それは、怒りだった。
            ◇
 小屋の外で、娼婦たちの嬌声が聞こえる。
 思うに、彼もまた売春婦のようなものだ。魂の売春婦である。
 そうならざるを得なくなった、運命の皮肉。
 人間には、それまでの義務の完成度によって形成されるランクがある。一度形成されれば、そのランクは不変のものだ。
彼は低いランクに、無自覚で所属していた。いや、所属させられていたのかも知れない。不幸なことに、彼は或る時、そのことに気付いてしまった。低いランクの人間として、一生を全うせねばならなくなったことに気が付いたとき、人は一体、どうするものなのだろう。くだらない人間として、人間を全うするものだろうか。
 好きなことを存分にやらせてもらえて、或る程度以上を与えられて育ったわたしには、わからなかった。
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インタヴュー・ウィズ・キマイラ(中)

きみはなんで、こんなところにいるのか――。
 薄暗がりで、目が黄色く光った気がした。
「おれは自分をヒト科だと思っている。だが、人間ではない」
 彼の風貌からは、老人のような低い声を予想していたが、よく通る青年の声だった。
            ◇
「どういうことです?」
 青年の声は落ち着いており、聴きとりやすかったせいか。この怪物青年は意外にも、教養のある人物なのではないかと思えてくる。後で考えて解ったことだが、彼のこの答えはわたしの質問にずれていないばかりか、二つの質問に答えていたのである。
 人間ではないから檻の中にいるし、人間らしい生活もしていないのだ。
 彼の反応の速さは、それだけではなかった。
 彼は、わたしの反射的な問いかけに、無粋を感じたに違いない。
 わたしから視線をはずしたようだった。緊張を解く気配すらした。その後も彼は答えてくれたが、その口調は、横丁の説教親父が愚痴を言っているようなものとなり、次第に聞き取りづらくなっていったのである。
 話をしていて確実に言えることは、彼はやはりただの人間だったのだ。
            ◇
【後半部】 インタヴューの終了
            ◇
「ひどい宿命は痛み入るが、きみはそれを、自分ではない他の人の所為だと、言いたいのではないか」
 なぜ、そんなにひどい運命を辿らなければならなかったのか。
 それを真面目に考えたと、彼は言った。
 彼は、やれることすべてを、一生懸命やってきたと主張する。だが、その能力もセンスも、成長過程で出会ってきた人間たちも、すべてマイナス要素として彼の人生に働いてしまったらしい。巡り合わせの悪い人生というもので、通常なら、世渡りをするのに強みになる筈のポイントも、すべてマイナス方向へ転じてしまったと、自嘲気味に語っていた。
 人智を超えた、運命の皮肉などは存在しないと、彼は断言していた。
 季節は必ず巡る。ただ、傘や外套の用意が無くても雨は降るし、寒気は押し寄せてくる。物事には必ずそうなるに至る原因があって、個人だけの力ではどうにもならないことはあるんだと、彼は説いていた。エサになる運命を背負った個体は、捕食者に抗い切れずにエサとなる。
 わたしはただ黙って聞き役に徹していたが、思うところはあった。
 ――ひどい境遇に陥るのも、結局は自分の所為ではないのか。
 そんなだから、わたしは白い目をして、檻の闇を眺めていたのかもしれない。
 黙って薄ら笑いを浮かべている彼を、見た気がした。
            ◇
「檻から、出ないのか」
「おれの食い物が何か、知りたいという意味ですか」
「そうではない。きみの実力なら、この折から脱出することは、可能でしょう」
 彼は、人間だから。そして、ここは、戦争地の近くの奴隷市場ではない。もはや戦争は過去のものになってきた世界でもある。こんな卑屈な商売は、見苦しくなる。
 わたしの言葉を受けて、彼は沈黙した。何かを考えているようだった。
「インタヴュアーさん。この檻を攻撃すると、おれにはどんな処分が下されるか、ご存知ですか」
「きみにはプライドがあるんだろ。檻の中で一生飼われるよりも、命懸けで脱出して、檻の外でのびのびと死ぬ方がきみの好みだと、わたしは思うんだが、」
 言いたいことを言いつつ、わたしは一旦言葉を切った。
「この檻を傷つけたら、どんな目に遭うのかな」
 彼は、即答した。暗がりから口が、明かりの下に見えた。
「怒られます」
 拍子抜けした。
「怒られる?」
「はい」
「それだけか?」
「それだけです」
 猛獣の調教のような光景を、わたしは想像していた。例えば、馬用の強力な鎮静剤でも打たれて動けなくなったところを、鞭や角材で襤褸のようになるまで痛めつけられるとか、そういった惨たらしい罰である。こういった施設の客の好奇は、実際こんなところだ。猟奇殺人のアングラ雑誌や衛生博覧会などの娯楽があったことを、わたしはよく覚えていた。
「怒られるのは、厭なんです。ぼくは普通に話してもらえれば、解ります」
感情を抑えている感じがした。わずかに震えた声で言った。
「ねぇ、インタヴュアーさん。自分の心が捻じ曲がる痛みを、あなたは知らなくて済んだ、幸福な方だ」

インタヴュー・ウィズ・キマイラ(上)

「豆州で採れた、ムカデ男だよ! 滅多に出回らない、超珍種だよ! 今を逃したら2度とお目にかかれないよう!」
 昼下がりの縁日は、歩く人がまばらだった。
 見世物小屋の高らかな呼び込みに、何が出てくるのか少しだけわくわくしつつ、垂れ幕をめくる。胡散臭い思いも捨てきれず、メモ係の相方につい苦笑いをして、わたしたちはそっと、屋台の中へと入っていく。漂っていた臭いが、焼けるスルメから、カーバイドの悪臭へと代わる。小屋の中は昼間なのに、暗かった。
 小屋の四方の壁には、出荷する林檎を詰めるような木箱が幾つも積まれており、中央には、電話ボックスを思わせる大きさの、頑丈な鉄格子の檻があった。なかなかに手狭で、檻の周囲を大人1人がやっと歩ける程度の広さしかなかった。
 その中に、打ち合わせ通り、例の奇形児らしきものが見えた。身体を縮め、頭を襤褸の中に突っ込んでいる。檻による影で、あまりよく見えない。
 わたしたちは、彼を取材しに来たのである。
 彼は伝説の奇病の生存者だ。わたしがしゃがんで檻の中に目を凝らすと、のそりと彼は起き上がった。頭に被さっていた埃だらけの襤褸が落ちる。
 まず思ったのは、獅子の顔だった。
 ボサボサに伸びた髪と髭。とりわけ髭は、頬からも束になって生えており、それが獅子の顔面を髣髴とさせる。よく見ると、頬はやつれていた。虚ろな目をわたしたちに向けていたが、その目の黒さにわたしは、彼が意外と幼いことを感じ取った。
 ――いや、獅子というよりは、龍か。
 大きな顔と、その中で焦点が合って段々と光を帯びてくる目を見て、そう思う。
 わたしたちは、檻の中の薄暗がりに向けて、インタヴューを開始する。
            ◇
「『自ら好んで拷問にかかるなんて馬鹿げている』とは夏目漱石の言葉ですが、きみは」
 そういって、言葉を呑んだ。訂正する。
 檻の中の少年が、背を伸ばしていた。蛇がさりげなく鎌首をもたげる様子を思わせる。
 天井でアセチレン・ランプの灯りが一瞬揺れて、彼の細長い肉体の陰影もまた揺れる。
「あなたはどうして、ここにいるのです?」
 彼は、腰巻以外は何も着けていなかった。頭は大きいが、華奢な肩だ。肌も柔さを感じさせる色をしている。
 しかし、相当な貫録を感じた。
 一見は華奢な肉体だが、猫のように引き締まっていることに気付いたせいか。
 彼がこちらを見ていながらも黙っているので、質問を替えてみる。
「あなたは――人間らしい生活を、できていますか」
            ◇
 噂によると、彼は奴隷のように捕えられたのではなく、自らを身売りに差し出したと聞く。戦争から23年が経ち、地下道に座り込む汚い子供の群れも、米兵に声を掛ける大和撫子も、闇市のやけっぱちめいた騒がしさも、わたしはまったく見られなくなっていたことを、肌で感じていた。
 飢えや貧困の色彩が薄くなっていて、どこか享楽的な気配さえする世間で、彼は何故、このような生き方をすることになったのだろう。わたしはそんな生き方をせねばならないのは、障害のある老人か、身寄りの無い奇形児だと思っていたほどである。どんなに醜いものか、どんなにグロテスクなものか、後ろめたいような刺激を、残酷にも期待していた。
 だが、毛むくじゃらの顔の迫力だけかと思ったときには、やっぱりインチキだったかと、内心で苦笑していた。
 しかし、考えてみれば、おかしいことにも気が付く。
 健常者なのになぜ、こんな卑しい商売をしているのか。それも、見せ物になることを自ら選んだと聞く。
 少しばかり濃い顔だといっても、毎年くる大量の田舎中学生たちの中にいれば、普通に見える。
 きみはなんで、こんなところにいるのか――。
 薄暗がりで、目が黄色く光った気がした。
「おれは自分をヒト科だと思っている。だが、人間ではない」
 風貌からは、低い老人の声を想像していたが、よく通る青年の声だった。
            ◇
「どういうことです?」
 青年の声は落ち着いており、聴きとりやすかったせいか。この怪物青年は、教養のある人物なのではないかと思えてくる。後で考えて解ったことだが、彼のこの答えはわたしの質問にズレていないばかりか、2つの質問に1発で答えていたのである。
 それどころか、わたしの根掘り葉掘りになる質問に、彼は無粋を感じたに違いない。
 その後も彼は答えてくれたが、その口調は、横丁の説教親父が愚痴を言っているようなものとなり、聴きづらくなっていった。

 鏡の中の子供

 こどもが、泣いている。
 5、6歳くらいのこどもが、泣いている。
 放っておけないわたしは、構ってあげる。
 こどもは、ただただ泣いているばかりで、わたしはその場にいてあげることしかできなかった。
            ◇
 こどもが、泣いている。
 甘えることが、できなくて
 わがままをいうことが、できなくて
 恐怖ばかりをよく知っているから、親の前では泣けていない。
            ◇
 こどもが、泣いている。
 ただただ、泣いている。
 親におびえ、がまんとあきらめだけを、よく覚え
 人間をおそれるようになったこどもは、じぶんの幸福を想えない。
            ◇
 こどもが、泣いている。
 ただ、やさしく抱きしめてあげさえすればいいのに
 わたしにはどうすることもできない。
 ああ、どうしよう。なにをやっても、泣き止んでくれない。
 現実に行き詰まっていたわたしは、いっしょに大泣き、したかった。

大穢土古今東西慙晒首

 昼食時の食堂のカウンター席とは珍奇な体験をする。
 みんな会社員ではあるのだろうが、見ず知らずの人間と横並びに空席無く詰めて座るために窮屈だが、隣に脇目を振ることも無くみんな同じ方向に首を突っ込んでがつがつやっている。これと似たような光景を養鶏場で見たことがあるせいか、その座席の下や背後に、彼らが汗水流してつくり出した稼ぎのカタチを、大きなタマゴのようなイメージで見えることはないかと、目を凝らしてみたりする今日この頃。
 人間も家畜と同じ、経済動物なのだ。
 まぁ、子供は親の老後を保障するライフラインの側面があるので、下品で乱暴な親は、子供にかけたお金の量で、その子の価値が社会の中で金額的に高く評価されることを求めるものの、十中八九カエルの子はカエルで、親と同じくその子供も愚鈍だから丸く収まっていることが多いように見える。丸く収まらなかったのは、親に似ていなかった子供で、奇跡的な出会いでもない限り鷹は愚か、親と同じカエルになることすら叶わない。せいぜい羽化に失敗した蝶という感じである。ざんねんなことだ。近所や親戚を出し抜いて、家門をランクアップさせようとすることが流行ったバブル時代には、公立小学校6年生の1クラス40人の殆どが私立中学を受験していたという話は珍しいものではなかったから、その個性的な子供はオールシーズン無休で親にドツかれ、塾で怒鳴られそしてクラスで村八分となった結果、普段から少しばかり浮くことができるようになった。希望は既に無く、無感覚を獲得していた。
 忙しない昼下がりの食堂で、そんなリアリティを妄想していたら、「ピロリン♪」と音がしたので振り向くと、「いただきます」の挨拶代わりに携帯機器で、出来立てほやほやの親子丼を撮っている、化粧をした子猿のようなギャルがいた。
            ◇
 採卵鶏の1羽あたりの年間収入は、200円から300円だそうな。これはテレヴィで聴いた話だったから、自分なりに調べたデータから計算間違いを恐れずに計算してみると2000円から3000円くらいだと思われるが、養鶏業経験者ではないので詳しいことは取材でもしなければ解らない。
 とはいえ、1羽丸ごとでも1万円以下の値であることは、間違いない。
 卵を産めなくなった鶏は長年の労を讃えられ、豊かで幸せな老後が待っていることがあるかといえば別段そんなことはなく、ああ諸行無常、即座に潰されて肉や出汁の素となる。また、採卵鶏の雛はオスとして生まれてしまえば、悲劇である。「己が業を悔い、切腹して身おさめする所存でありますと手をついて頭を下げたところ、将軍様は快くお赦しくださいました」などということはなく、屠殺場へと直行する。経済動物のオスの受難は、想像を絶する。豚や肉牛では生まれてすぐに去勢が為され、薔薇色の処女膜の夢を見ることすら許されない。
            ◇
 知人の女学生が学校のイヴェントで長野県へ行った。ステイ先は稲作農家で、牛を飼っており、その牛が馴れてかわいかったとのことで、「よかったね」と相槌を打って話を聴いたところ、田んぼと果樹園だと思って油断していたら、違った。農家の方いわく、米作だけでは経営が難しいから肉牛を飼っているとのことだった。女子中学生にオスの去勢の話はしたくない。
 やがては屠殺され肉になってしまう牛が中学生と期間限定でも仲良くやれたのは、それが農家の方々に愛情をかけて育てられていたからで、そんなだから、出荷で屠畜場行きのトラックに無理矢理その牛を乗せる時には、毎度涙を禁じ得ないという。
 それが本当は、普通なのだ。
            ◇
 さて、採卵鶏は自らの子供と引き換えに、自らの食糧を得ている。
(我々は卵を食べる時には、膨大な数の雄鶏の怨念がつきまとっていることにしばしば無自覚である。鶏は象や鯱ではないので怒りを覚えていることが少ないらしいので、我々はまだ気楽でいられるのかも知れない)
 人間は高等な生き物で、3つ歩いて怒りや嘆きを忘れることは無いから、子供を犠牲にして自らの食い扶持にでもすれば寝覚めが悪いので、現代日本では人間の子供が商品にされることが無くてメデタイ。
 ただ、あまりにもオメデタイと、自ら加害者とならざるを得ないような場合に必要な勇気に自覚が無くなるのかも知れない。「心の贅肉」という表現を聞いたが、イヌの屠畜を声高に批判しながらアフターファイヴには焼き鳥や焼き肉を喰うような似非動物愛護者の倫理では、犠牲という労働に対する評価なんかできるとは思えない。だからこそ、経済動物たちの実情を知ったら「かわいそう」などと思う輩はきっと少なくない。
 鶏卵の値段を上げようと努力するよりも、こうした背景をイイ感じで表現して「おニワトリ様などというつもりは無いが、日頃からの感謝の気持ちを込めて、みんなのチカラでもう少しイイ待遇を整えてあげよう」などとアジれば、意外と寄付が集まるのではなかろうか。
            ◇
 生への執着とは、あさましい。自分が生き残るためなら、友人だろうが恋人だろうが子供だろうが、いざとなれば犠牲にする。こういうのは戦争や飢饉の記憶から学べるものだが、人間であっても「生」が盲目的な前進であることは、変わらない。「俺は違う!」などという声を、誰が信ずることができようか。
 「ザマ」という言葉は、「なんて死にザマ」とか「悪しきザマ」とかの遣われ方で、本来はあまりよくない意味で遣われると記憶しているが、近頃はシャレのつもりなのか、「生きザマ」という表現をよく見かける。言い得て妙だと思ったものだが、遣っている人々の様子を見ていると、謙遜が含まれているようには思えなかった。
 以前、清掃会社のアルバイト募集の面接を受けに行ったときのこと。フィットネスクラブの中の、薄暗い倉庫のような部屋で自分の番まで待つように言われた。当時のぼくは20代だったが、他の応募者はどう見ても50歳をゆうに過ぎた男たちで、饐えた臭いが充満していた。壮年以上だが貫録などというものはなく、屁でも喰らったようなヌケた顔をしていたが、陰気な老人たちだった。その奥の窓からは、プールの中でウォーキングをする女たちが見えた。つやつやした肌とふくよかな肉体をもった彼女らがこの老人たちに近い年齢に見えたせいか、世間知らずでいたいけなぼくは、たちまちのうちに呆れていた。
「ダンナが働いている間に、自分はたらふく食べてダイエット! イイご身分じゃん」
 登校拒否の女子中学生が、ご感想をのたまった。
            ◇
「俺はときどき、とぐろを巻いた巨大なクソの上を歩いている気分になる」
 だからこそ、今どきの若者は鈍感になろうとするのか!
 トルコの諺に、「この世に幸せでいたければ、盲で唖で聾でなければならぬ」というものがある。音が漏れているイヤホンを詰めっ放しにしている耳。警戒することがなく隙あらば携帯機器ばかり見つめる目。公共の場で必要なことを喋らず、仲間内の会話と食い散らかすことしかできない口――なるほど、鋭敏さとは程遠く「鈍感力」などという言葉が流行語にもなっただけはある。鈍感力という言葉をつくった作家は、彼より無知な一般人をバカにしているように見える気がしたのは、思い過ごしだろうか。現代では鋭敏さとはストレスを溜めやすい。ぼくらはこうしたヌルい時代に生まれてヨカッタということなのだろう。考える習慣をつけるような教育を受けることが無いから、責任者たちはデタラメだぼら三百代言で「オレのせいじゃない」と言いたげな自己弁護を実によくするし、それで納得しなければならない。本当にヨカッタものである。
 人間性に絶望してはいけないとは聞いたものだが、いいかげん未来も悲惨なので、ぼくは旧き善き日本人でいるために、ひたすら子育ての予習にいそしんだ。
 存在しなくなった公徳の暗示。下品を知らぬ陰険の暗示。偽善を装った誠意と誠意を装う真実の嘘の暗示。口にしない侮蔑の表現。大人たちの諦観、子供たちの怨嗟。黙認される傲慢。あからさまな容赦。巨人たちの沈黙。無くならない差別。…………………。